曖昧な僕ら03


私の弟である一樹はすごくいい奴だ.
それに加えて顔も整っているし,均整のとれたたくましい体をしているし,なによりバスケットをしている姿がかっこいい.

私は友人の加藤を通じて一樹のことを知っていたから,一樹が義理の弟になると聞いて純粋に嬉しかった.
高校生のくせに大学生の練習に混じっているすごい奴,そんな奴が弟になるのだ.
しかし一樹の方では戸惑っているらしいと風の噂で聞いた.

「一樹!」
お風呂上り,廊下で私は一樹の後ろ姿を発見した.
「風呂が空いたぞ!」
大きな背中,ときどき子供のように甘えて抱きつきたくなるのはなぜだろう.
すると一樹は不機嫌そうな顔をして振りかえった.

「香月さん,」
はぁと長いため息を吐く.
「そのパジャマ,……駄目ですよ.」
なぬ? 高校のときからのお気に入りの寝間着なのだが.
半そで,半ズボンの楽な服,しかしさすがに首周りが伸びているな…….
「すまん,さすがに古くてよれよれだな.」
Tシャツのプリント柄も剥げかかっているし,すると一樹は赤い顔で目をそらした.

よく分からん奴だ.
しかし一樹は大切な家族なので,言うことを聞くことにする.
「着替えてこよう,」
「あ,香月さん!」
一樹の声に私は足を止める.
「……せめて長袖長ズボンにしてください.」
暑いではないか? 風呂上りだというのに…….

「それと,髪をもう少しちゃんと乾かしてくださいよ.」
私は長い髪をぼりぼりと掻いた.
タオルで水気はちゃんとふき取ったし,後は,
「自然乾燥するからいいではないか.」
こんなにも長いと洗うだけで一苦労なのだ,その上髪をドライヤーで乾かすなど面倒なことこの上ない.

しかし,一樹が言うのなら,
「分かった,最大限の努力をしよう.」
「……お願いします.」
一樹は妙に切実な顔で言った.

私がこんなにも一樹に対して従順なのには理由がある.
一樹は私を助けてくれたのだ.

私の父上は,私が中学にあがると同時に亡くなった.
それ以降,私はずっと母上と二人きりだった.
子供ながらも母を守りたいと思い,そのように行動してきたはずだった.

なのに,母上は再婚すると言う.
母上がしあわせになれるのならば……,私はもちろん,再婚には賛成だった.
新しい父上はすごくいい人で,母上もすごくしあわせそうだ.
私は母上のあれほどまでに満ち足りた微笑をはじめて見た.

今までの私は何だったのだろう…….
私の足元はぐらぐらとゆれ始めた.
そんなとき,一樹が私を抱きしめてくれたのだ.
何度も名前を呼び,なぜだか分からないが私はそれで救われた.

だから一樹の言うことは聞こう.
2階の自分の部屋に戻ると,私はかばんの中から論文のコピーを取り出した.
風呂上りのすっきりとした頭で読もうと考えて持って帰った,これは宿題である.
この論文に,現在行き詰まっている実験の答えが書いてあるように思えるのだ.
「よし,読もう!」
私は気合を入れて,机に向かった.

しかし,
「しまった,辞書がない.」
研究室の机の上に置きっぱなしである.
辞書なしで,英語の論文が読めるほどの語学力はもちろんない.
一樹に借りよう,弟とはなんと便利な存在なのだろうか.
私は勝手に隣の一樹の部屋へ入り,机の上の辞書を取った.

ふと目に付くバスケットの雑誌.
一樹がいつも読んでいるものだ,私は自らの好奇心に忠実な行動をした.
ベッドにごろんとねっころがって,ぱらぱらとページをめくる.
うむ,一樹はなにが面白くてこの本を読んでいるのか?
さっぱり分からん…….

私が頭を抱えていると,この部屋の本来の主が帰ってくる.
「香月さん,何をやっているのですか?」
未知の雑誌に対する好奇心に負けた,私に呆れ顔である.
「お主の考えていることは,私には分からん.」
私は正直に告白した,弟の考えていることが分からないなど屈辱だが.
「僕にも香月さんが何を考えているのか分かりませんよ.」

一樹はベッドのそばにしゃがみこんで,真剣な目で見つめてきた.
「香月さん,」
何なのだ? 私はベッドから起きあがった.
「この前のことは,」
いったん恥ずかしげに目をそらしてから,一樹は再び私に向き直る.
「……どう思って,……考察しているのですか?」

この前?
「なんのことだ?」
「その,この前,だ,抱きしめた,」
おぉ,そのことか!
「助かったぞ,ありがとう.」
私は一樹にお礼を言い忘れていたのか,うっかりしたものだ.

すると一樹の顔が近づいてくる.
「……かず,」
一樹と私の唇が重なる,私は反射的に逃げようとした,すると一樹が私の肩を掴む.
私は一樹と口付けを交わした…….

<< 戻る | ホーム | 続き >>


Copyright (C) 2003-2004 SilentMoon All rights reserved. 無断転載・二次利用を禁じます.