綺麗な人だ.
それが初めて会ったときの印象だった.
いまどき珍しい黒髪ストレートのロングヘア.
眼鏡の奥の瞳はいかにも理知的そうだ.
「彼女が香月(こうげつ),俺の彼女.」
高校の先輩であった加藤先輩の紹介で,僕たちは出会った.
「よろしく,一樹(かずき)君,私の名は香月だ.」
にこやかに差し出された手を,僕は戸惑いながら取った.
僕は今,加藤先輩に呼び出されて大学に来ている.
とは言っても,僕は大学生ではない.
来年の春からは加藤先輩たちと同じく,ここの学生になるのだけど.
「一樹はバスケのスポーツ推薦で,もううちに入学することが決まっていてね,」
加藤先輩の説明に,香月さんはふ〜んと頷く.
だから僕はときどき,大学のバスケ部の練習にも参加するのだ.
でも,練習でもないのに加藤先輩に呼び出されたときには驚いた.
まさか彼女を見せるためだけに呼んだのだろうか……?
加藤先輩は普段から,俺の彼女はかわいいとのろけまくっている人だけど,さすがに違うよなぁ…….
「で,一樹,いきなりだが,聞きたいことがあってな,」
大学の食堂で,加藤先輩が改まった顔をする.
すでにお昼は過ぎており,食堂はがらがらの状態だ.
「いや,お前の悩み事を解決できるのかもしれない,というか,力になりたいんだ.」
先輩の真剣な顔に僕は少し感動した,が,
「先輩,悩み事って?」
そんなものがあったでしょうか,僕に……?
すると先輩は少し慌てる.
「いや,お前,親が再婚するって言っていただろ?」
あぁ,それですか.
そう,僕の父さんは再婚するのだ.
相手は静江(しずえ)さんというすごく上品なおば様だ.
しかし,問題はそこではない.
静江さんには娘が居るのだ.
「でも,まぁ,仕方ないっすよ.」
僕はなんてことはないように,手を振った.
「そりゃ,最初は気疲れするかもしれませんが,」
娘さんは女子大生らしい,友人たちは女子大生のお姉様! と言ってうらやましがっているが,
「どうしても気が合わなかったら,僕が家を出ればいいだけですし,」
親の再婚に反対するほど子供ではないが,無関係でいられるほど僕は大人ではない.
「それは駄目だぞ! 一樹!」
いきなりバン! と机が叩かれる.
僕はびっくりして,香月さんの方を見た.
「私にはお主の気持ちは分からんが,そんな逃げの思考はいかんと思うぞ!」
綺麗なソプラノの声で,香月さんはけったいなしゃべり方だ.
「いいか,一樹.物事にはすべて理由がある.」
漆黒の瞳がまっすぐに見つめてきて,視線をそらすことを許さない.
「お主とその母君と娘さんが家族になるのにも理由があるのだ.」
もしかして僕は今,お説教されているのですか?
「その理由を探るためにも,お主は最大限の努力をせねばならん.」
香月さんは腕組みをして,一人でうんうんとうなづいた.
「はぁ.」
時代劇みたいな人だな…….
「覇気がない!」
「はい!」
思わず大きな声で返事してしまう.
するとぶっと加藤先輩が吹き出して笑う.
「気が済んだか,香月?」
ぽんぽんと香月さんの肩を叩いて,加藤先輩は聞く.
「あぁ,すまなかった.」
僕一人,意味が分からない.
なんだったんだ,いったい……?
一週間後,僕と父さんだけの家に静江さんがやって来た.
もちろん娘さんと一緒にである.
静江さんが娘は大学生で少し変わった性格をしていると言ったとき,僕はなにかを掴んだような気がした.
「それと名前が"かづき"といって,一樹(かずき)君と一緒なのよ.」
「え?」
娘の名前はかづき? 僕はなぜだかがっかりした.
「香月〜〜〜〜! いらっしゃい.」
するとひょっこりと現れる長い黒髪の女性.
「はじめましてだ,一樹.」
かづき,香月,香る月でこうげつ…….
「香月(こうげつ)さん,」
僕は脱力したように笑った.
「元気がないぞ! 一樹!」
香月(かづき)さんはばんばんと僕の肩を叩く.
「良き姉弟となるべく,ともに最大限の努力をしようではないか!」
再び差し出された手を取って,僕は名乗った名前が偽名だったのならば,加藤先輩の彼女だということもきっと嘘だろうな,と思った…….