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    近江の歴史

 

    近江の歴史 

   

    近江の国誕生と滋賀県           

    日本の臍に位置する滋賀に国造、近淡海(ちかおうみ)が配置された。667年天智天皇による大津京へと

    7422年聖武天皇による紫香楽宮へと二度の遷都が行われた国でもある。律令制の基で、二文字の名称の

    「近江」が誕生する。国府は勢多(現瀬田)に置かれた。794年桓武天皇による末永き都・平安京遷都に先立

    つ788年、唐留学より帰国した最澄が 比叡の山に延暦寺を創建した。比叡山(古称日枝山)には都の表鬼

    門を守護する山王総本宮の日吉大社が鎮座している。明治維新後、大津県、長浜県等による再編で現在の滋賀

    県が誕生した。

            参照1)近江国の誕生

 

    近江を制するものは天下を制す 

    琵琶湖を中心する近江は肥沃な土地が開け古より伊勢神宮の荘園が配置されるなど豊かな国、又都に隣接する

    ところから戦略的に最重要地域であった。武家社会となると宇多天皇の流れである佐々木氏及び系流の六角氏、

    京極氏が支配するところとなったが、新興の浅井氏を征した織田信長が1576年安土城へ入城した。次の天

    下覇者秀吉は大坂に本城を築くと秀次に八幡城を築城させるなど近江を重視した。徳川政権下では一国一城地

    とはせず彦根藩、膳所藩、大溝藩、水口藩等や直参旗本領に細分したことは、如何に生産性の高い土地柄であっ

    たかを証するものである。

            参照2)近江を制するものは天下を制す

 

    近江は文化財の宝庫 

    延暦寺、日吉大社、多賀大社、建部大社など社寺建造物や仏像、仏画など宝物が全地域に数多くある。滋賀県

    で最古の剣は、雪野山古墳出土の大刀である。日本製ではなく五世紀頃中国か韓半島より舶載された素環頭大

    刀を加工したものと言われているが、この大刀を副葬する首長はいかに大和政権と密接な関係であったかを物

    語っている。剣は権力の象徴であると同時に、古から伝わる神社での御神体ともなる神聖なものである。 剣が

    ご祭神となっている最も由緒ある神社は、奈良天理にある石上神宮である。布都御魂剣(フツミタマノツルギ)、

    布都斯魂剣(フツスミタマノツルギ)、布留御魂剣(フルミタマノツルギ)の三振りの剣で長さは前記の二本が

    十拳、後者が八拳の長さである。

            参照3)近江は文化財の宝庫