初期人類の婚姻形態について

2017年12月22日ブログ掲載 12月30日本ページ掲載


 
 人類学者が約320万年前の猿人化石を調べた結果、男女の体格差は現代人並みで、男性が女性より少し大きい程度だという。ちなみに、ゴリラのように、優位のオスが群れのメスを独占するようなハレム型の動物では、オス同士の争いが激しく、オスの体格差が勝敗を決することから、オスの体格はメスの約1.5倍になったりする。
 一方、チンパンジーやボノボ、現生人類では、オスとメスの体格差は、それほど大きくない。そして、そのような体格差を持つ動物の社会はゴリラのようなハレム型ではなく、一夫一妻かチンパンジーなどのような多夫多妻型であると、人類学者は言う。
 多くの人類学者は、その体格差から、猿人のような初期人類は一夫一妻の集団であったなどと主張するが、ある論者が指摘するように、一夫一妻なら、テナガザルのように男女の体格差はほぼ同一となるのではないだろうか。
 人類学者は、犬歯(これは闘争用の武器である)の縮小をもって、体格差の縮小と共に、人類がメスをめぐって争う必要のない状況に至った証左(この推論は全く正しいが)とし、それを可能にしたのは、一夫一婦制であると主張する。一方、「チンパンジーのような多夫多妻の集団では、集団内の順位がメスの獲得に関係するだけに、オスの争いは激し」く、それゆえに犬歯は縮小していないという。
 しかし、ある論者が指摘するように、なぜ人類学者はチンパンジーを引き合いに出すだけで、同じく多夫多妻のボノボに言及しないのだろうか。チンパンジーもボノボも、多夫多妻でありながら、争いの絶えないチンパンジーに対し、ボノボの群れは平和的であり、「チンパンジーは性の問題を力で解決するが、ボノボは力の問題をセックスで解決する」と言われたりする。
 ちなみに、同じ多夫多妻の両者で、このような差異が生ずる要因として、発情期の長短が上げられる。ちなみに、ボノボのメスには発情期を長く維持するゆとりがあり、ほぼいつでも交尾できる状態にある。「おかげで雄は支配的な地位を他の雄と争ったり、雌に対して暴力的になったりせずにす」むという。逆に、発情期の短いチンパンジーでは、性交可能なメスが少ないため、メスをめぐるオス同士の争いも熾烈になる。
 このような両者の関係を考えたならば、争いが少ないのは、一夫一婦よりも、むしろ多夫多妻の方ではなかろうか。ボノボの発情期が長いのは、その環境のもたらした食料の豊富さであると言うが、人類の場合は、もとより他の動物と違って、そもそも発情期というものを消失している。この特性を人類がいつごろ獲得したかは明らかではないが、発情期をなくし、いつでも性交可能なメスが存在する集団では、むしろ争いがなくなるのは、群れの中の男女がお互いを共有し合っている多夫多妻ではないだろうか。
 実際、一夫一妻は決してオス同士の争いを解消するものではない。どのメスを自分のものとするかを巡っては、当然、オス同士で熾烈な争いが起こることは、その後の人類の歴史が証明している。結局、エンゲルスなどが指摘したように、「男子の全集団と女子の全集団とが互いに相手を所有しあっていて、ほとんど嫉妬の余地を残さない形態」である「集団婚」(多夫多妻)によって初めて、群れ内部のオス同士の対立は解消されたのである。
 そして、そのような比較的大きな群れを形成し、群れの団結を維持することによって初めて、猿人のような初期人類は、生き延び進化(動物状態から人間への)を達成できたのである。その群れの団結のために、上のような成員同士の性行為は欠かせぬものであったろうし、人類における発情期の喪失(特にメスの)も、そのような文脈で考察されるべきものかもしれない。


 (参考文献)
1. エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』(新日本出版社 1999年7月20日)
2. 三井誠『人類進化の700万年——書き換えられる「ヒトの起源」』(講談社現代新書 2005年9月20日)
 著者は、人類学者ではなく新聞記者であるが、よく一般の人類学者の見解をまとめている。
3. クリストファー・ライアン、カシルダ・ジェタ『性の進化論』(作品社 2014年7月20日)
 各種の観点から、初期人類の乱婚状態を立証している。
4. 「ボノボの森へ “人間に最も近い類人猿”の意外な素顔」(『ナショナル ジオグラフィック』2013年3月号)



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