精神神経疾患
症例提示
授業の内容そのまんまです
症例:74歳 男性 元会社員
主訴:著名な記銘力低下
家族歴:特記事項なし
既往歴:61歳時脳梗塞に罹患したが麻痺は明らかではなかった。
65歳時に再発し右側に軽い麻痺があり、書字に障害があったが徐々に改善、消失した。
現病歴:6〜7年前より徐々に記銘力、記憶力の低下を自覚してきた。
2年ほど前より記銘力低下が著名となり、今会った人、話の内容をすぐ忘れるようになり、
気になりだした。また字を書くことが少なくなり、書くものの意味が途中で分からなくなり、
妻に聞くことが多くなった。
現症:意識は著名であり、協力的である。脳神経に異常なく、言語障害を認めない。
ごく軽度の右不全麻痺を認めるが歩行はほぼ正常である。右側にごく軽度の感覚低下を認める。
深部反射は正常で左右差なく、病的反射を認めない。小脳症状もない。
胸腹部は異常なく、血圧は120/74mmHgである。
病識は明確に存在し、記銘力低下を訴える。見当識障害なく、計算力も正常。
記銘力低下は長期的記憶は良く保存されているが、短期的記憶は傷害されている。
検討所見:血液生化学、血液像、尿などに異常なく、心電図は正常。
頭部CTでは軽度の脳萎縮があり、左内包から放射冠に小さな低吸収域を認め、
脳質周囲低吸収域(PVL)が見られた。
脳波は8〜9Hzのα波を基本波とし、少量の4〜5Hzθ波、中等量の6〜7Hzθ波の出現があり、
やや左側に著名であり、軽度の異常の所見であった。
さて、この人の病気はなんでしょう?
とりあえず、明らかに痴呆です。
痴呆と言っても色々あるわけで、例えばパーキンソン痴呆症候群とか、ウィルス性脳炎とか。
ハンチントン舞踏病やクロイツフェルトヤコブ病も痴呆が現れます。
しかし、パーキンソンだと震えや筋肉硬直が出るはずですし、、
ハンチントンは100%遺伝なので、家族歴からないと判断できます。
クロイツフェルトヤコブは小脳に異常が現れますし、
ミオクローヌス(筋肉の一部に突然短時間発生する痙攣)も出ますし。
こういう確定診断は必要なんですが、まず、痴呆といったらこの二つというものがあります。
老人性痴呆つまりアルツハイマーと、脳血管性痴呆です。
この二つが痴呆の90%を占めてますから。
さてこの人。
脳梗塞多発してます。そこで考えるのが脳梗塞多発による脳血管性痴呆。
確かに、病識も存在し人格も変わってないので、アルツハイマーではない気もします。
しかし、血圧が正常なんですよね。
脳血管性痴呆は、その危険因子が脳卒中と同じなので、高血圧の人に出やすいんです。
それにCTで脳萎縮って……やっぱりアルツハイマーかも。
症状の進行もなだらかに進行していて、アルツハイマーっぽいです。
脳血管性なら、よくなったり悪くなったり、そういう階段状に進行しますから。
でも右不全麻痺という神経症状も見られる。やはり脳血管性なのか……?
結局、神経内科の先生によると「極めてグレーゾーンな脳血管性痴呆」だそうです。
ちなみに脳血管性痴呆は治りますが、アルツハイマーは治りません。
ですから、アルツハイマー患者を脳血管性と診断したら、無駄な手術をし、
費用はかさみ、死期を早まらせ、結果治ることはありません。
逆に脳血管性痴呆の患者をアルツハイマーと診断してしまったら、
手術で治るかもしれなかったのに、放置されてしまうことになります。
人の体、って結局こういうもんですよね。
アルツハイマーと脳血管性痴呆が同時に発症するケースだってあるわけですし。
100%と言い切れない状態で診断し、100%とは言い切れない状態で処置しますから、
どうしても誤診断はつきものだと思います。
それは仕方がないことなんですけれど、仕方がないではすまされないのがこの職業なので、
大きなジレンマを抱えることになるのです。
少しでも正しい診断をしようと検査を何年も続けたら、それこそ間違いなく手遅れになってしまいますが。
日本は今、法科大学院設置で弁護士の数を大きく増やすそうですから、
アメリカみたいな訴訟社会になる可能性も十分あって。
ますます消極的な医療が求めらているような気がします。