『うさぎ娘』――仁王や牛頭馬頭が美人の家で争闘す――大粉擾――危険極まるメスメリズム――約一丈の大女
きん子は、今茲二十九の春を迎えて、番茶も煮花てふ娘盛りの年齢。況して、宇治。玉露の尤物なれば、世界の愛を一身に荷ひて、誰れ譽めぬ者なきも無理ならぬぞかし。丸顔で色は透徹るやうに白く、目元、口元に何時も微笑を含んで居る、溢るヽばかりの愛嬌者、只ニコへするのが持前なので空家の恵比寿様と嘲られ、温良過ぎるので、お心好しと侮られるのが、疵と言えば疵であると、評した人もあれどヒステリー気質の骨頂で、メスメリズムに罹り易いのが、實はそれよりもズット大疵であらふ、しかし此のヒステリー質の骨頂が道具になって、『うさぎ娘』の異名を取り、月界探検の偉功が遂げられたのであるから、此の點より論ずれば、大疵といはんよりも、寧ろ大長所と謂って宜しいのである。
きん子、今は往年の薄命少女と事變り、堂々たる極東女子大學の優等生で、いつも級中の第一位を占め、殊に月界の探檢者として、並びに反魂術といふ神變不思議なる技術の發明者として、吾邦は勿論、遠く歐米の學者社會に激賞され、マダ學生の身でありながら、英佛獨米の諸國から博士の學位さへ送られて居るのである。
デ、いとヾ空家の恵比寿様が、這様な愉快な境遇に居るのだから、嘸うきへとして、顎も外るヽばかりに笑って居るであらうと思うと、事は兎角意外に出るもので、近来、人前は兎に角、蔭へ這入ると、何か物思いに沈む様子で、時々太い長大息を吐いたり、又はポタリと一滴落とすこともあるとは、一體如何したのであらう?
と言って噂を立てる人達があると、又或る人々は、『イヤ夫れよりか、モット變な事がある、頃日は彼女の家へ晝夜の別なく、仁王か牛頭馬頭のやうな素敵に大きな男が幾人となく、遣つて来て、議論をしたり、争闘をしたりするが、如何も變でならない』といつた。
是れ則ち世人が解釋に苦しむ問題の第一である。