【Cinema Holiday】  オッサンの描く箱庭の少女達
      =風景描写ではない日常の風景『花とアリス』=    

2004/3/22

(2004年日本作品、監督:岩井俊二、出演:鈴木杏、蒼井優、郭智博、相田翔子、木村多江)

hana.jpg (49926 バイト)    この作品を観に行ったのは平日昼間で、当然館内は空いていたのだが、その少ない客の中に目立ったのは男一人で来てる奴(僕を含む)が多いことだった。岩井俊二という監督は、有体に言えばツーパターンしか引き出しのない人である。即ち『ラブレター』を始めとするピュア恋愛路線、『スワロウテイル』に代表される混沌意味不明路線、の2つである。まあ、前作の『リリィシュシュのすべて』には両路線の折衷的な要素も幾分垣間見えたが・・・

   さて、今作の『花とアリス』は完璧なピュア恋愛路線。幼い頃からの大親友の女の子ふたり、ハナ(荒井花=鈴木杏)とアリス(有栖川徹子=蒼井優)が同じ高校に入学するところから話はスタート、ハナが一目惚れした先輩の彼女になるために行う涙ぐましい数々の努力がストレートに、でも少し滑稽に描かれていく。一途なんだか計算高いんだかよく分からないハナは、襲ってくる数々の危機を親友のアリスもちゃっかりと利用しながら機転と小さな嘘で乗り切っていく。一方、アリスは街角でスカウトされたのをきっかけに業界に一歩足を突っ込むようになるが、最初に思ったほどすぐに成功がやってくるはずもない。そのうちにハナの彼氏(?)の先輩に密かな恋心を感じるようになり・・・

   こうストーリーを書くと、どこにでもある女子高校生の日常風景のようであり、実際にそうなのであるが、岩井俊二が凡百の監督と一線を画するのは、そんな日常の風景を完璧な箱庭としてスクリーン上に再現できることである。何気ない毎日の風景を切り取ったり、誰にでも覚えのある青春時代の思い出をサラリと描く監督は少なくないが、それは文字通り風景を切り取っただけに過ぎないものが殆どである。つまり、彼らの作品には、登場人物のそれまでの感情やそれ以降の気持ち、いわば「映画の前後」を観客に想像させる余地があるのである。

   しかし、岩井作品の登場人物は映画の2時間の中で完結する。ハナもアリスも二人に好意を寄せられる先輩も、映画で登場して、映画で動き、映画でその役割を終える。「この後アリスはスターになるのかな?」とか「やっぱりハナと先輩はうまく行くのかな?」といった先を予想する余韻を観客に与えることは決してない。
   すっかり恋愛格闘家と化してしまったハナと、自分の気持ちをはっきり掴みきれないアリス、二人の心の微妙な動きはクライマックスのアリスのバレエシーンへと見事につながっていく。これは『四月物語』ラストシーンの松たか子の雨中シーンと同じく、言葉を使わない結論の提示であり、綴れ織りのように監督がそれまで大事に作ってきた箱庭が完成する最も素晴らしい瞬間である。

   岩井俊二のピュア恋愛路線の作品が少女趣味とも言えるようなストーリー内容にも関わらず男のファンを多く魅了するは、結局、彼の作品がプラモデルを丁寧に作り上げる男の子的手法で構成されているからなのだろう。一方、『スワロウテイル』のような大作には映像の美学はあるが、彼の提示する世界観と結論が見当たらない(勿論意図的に提示していないのであろうが・・・) どちらの作風を評価するは個人の好みの問題になってしまうが、僕にとっては、岩井俊二の最高傑作はこれまでは『四月物語』であり、今はこの『花とアリス』であることだけは自信を持って断言することができる。

   なぜ踊るのか最初は理由が分からないラストのバレエシーン。しかし、アリスにとっては自分が自分であることを証明するたったひとつの手段。岩井俊二がその気持ちを無言の踊りの向こうに描き出し、僕たち観客がそれを受け止めた時、輝くのはアリスだけではなく映画そのものなのだ。

wb01627_.gif (253 バイト)Seeker's Holiday Camp