【Cinema Holiday】 埋まらないジグゾーパズル | |
=消えたカケラを通して見つめる人生『ひまわり』= | 2000/11/19 |
(2000年日本作品、監督:行定勲、出演:麻生久美子、袴田吉彦、河村綾、栗田麗、北村一輝、マギー)
青春映画というには陰鬱で、文学作品というには軽いフットワーク。岩井俊二作品で長く助監督を務めた行定勲の初公開長編『ひまわり』は、そんな絶妙のバランスの上に脆いガラス細工のように作り上げられた美しい世界。遭難した釣り船に乗り合わせて行方不明になった真鍋朋美という若い女性を軸に、小学校時代の記憶をフラッシュバックさせながら、彼女の葬式に集まった人たちの様々な想いを紡ぎ出す。
どこを見つめているのか分からない不思議な目で朋美を演じるのは、同世代の女優の中で最もスクリーン映えする生粋の映画女優麻生久美子。小学校時代の彼女は、内気で友達が少なく、クラスの仲良しグループに入りたくても言い出すことができない。でも、その仲良しグループの少年輝明は、そんな朋美に密かに恋している。彼は、太陽が嫌いな朋美を、何故かひまわりのようだと言う。始まるかに見えた二人の小さな恋は、朋美の転校という陳腐な理由で終わりを告げてしまい、それから二人は別々の道を歩き始めた。そして、朋美が釣り船に乗る数日前に、輝明の留守電に入れたメッセージ「真鍋朋美と言いますが・・・私のこと憶えてますか?」
朋美の葬式に集まった同級生7人と、「現在の」朋美に関わった5人の男たち。昔の彼女しか知らない同級生達は、それぞれの男から聞いたバラバラの話を組み立てて、朋美の人生を再現しようとする。どんな思いで彼女が生きていて、そしてどうして最後に釣り船だったのか? 行定監督は今と過去を巧みに組み合わせながら、朋美のストーリーを再現しようとするが、結局最後までそのストーリーが完結することはない。葬式に集まった人たちが語るそれぞれに印象深い朋美の想い出。しかし、それをいくら積み上げても組み合わせても朋美自身にはなりえない。だって、そこにはもう朋美はいないから。
とどのつまり、僕たちひとりひとりがそうであるように、彼女のことは彼女にしか分からない。袴田吉彦が演じる輝明は遠い記憶を手繰り寄せて、遺体の見つからない彼女はどこかで生きているのだと信じる。また、別の同級生弓子は朋美は成仏できないだろうと言う。しかし、どちらも本当の朋美ではないけれど、輝明や弓子の中では「自分にとっての朋美」なのだ。人は現実にはひとつの姿でしかない反面、百人の他者の心に写る百通りの姿もまた本当の自分自身なのだ。
12人の人間の心に映し出される12通りの朋美。この静謐で素晴らしい作品の主題はここにあると僕は思う。まるで、葬式に人を集めることが目的で姿を消したような彼女の振る舞いで、それぞれの朋美を作り上げることになった人たち。そしてその過程はそれぞれの朋美を通して、自分自身を見つめ直すプロセスでもあった。
夏のギラギラとした太陽の下で元気に咲くひまわりじゃなく、夜の月明かりの下でひっそりとさくひまわり。突然消えてしまった朋美は、12人それぞれの心の中で夜のひまわりのようにひっそりと咲きつづけるだろう、きっと。そんないささか感傷的だけど、明日への確実な一歩を感じさせてくれた佳編。