【Cinema Holiday】  1時間37分の静謐
      =泣けない大感動作『八月のクリスマス』と韓国映画祭:その1=    

1999/11/7

(1998年韓国作品、監督:ホ・ジノ、出演:ハン・ソッキュ、シム・ウナ)

02.jpg (22353 バイト)    難病に侵された恋人を巡る悲恋物語……と聞くと、それだけでつい遠慮してしまいそうになるが、それは何故なのか? 現実に病気に苦しむ人は数多いし、死路に向かう人を目の当たりにしてやり切れない悲しみに打ちひしがれた人も沢山いるだろう。そんな誰にも訪れる可能性のある悲劇だからこそ、映画の世界では無理矢理増幅した悲劇を直視したくないのだ。病気に苦しむ人もそれを見守る人のやるせなさは、ワザワザこれ見よがしに「さぁ、泣け!!」と言われなくても分かってる。

   『八月のクリスマス』には、そんな悲しみの押し売りがない。男はソウルの街角で小さな写真屋を営む。体調の不良を自覚した彼は、ある日病院に行き、自分が余命幾許もないことを知る。その夜、彼は一瞬自暴自棄になり、飲んで街中で暴れてしまう。しかし、そんなことはその夜だけだった。翌日から何事もなかったように元の淡々とした日常を送り始めた彼の前に、彼に好意を持つひとりの若い女性が現れる。友達のような、けれどちょっと恋人同士のような二人のぎこちない付き合いが始まるが、彼女は何も知らなかった……

   物語は劇的に展開しそうな気配もまるでなく、観ているこちらが心配してしまうほど、地味ぃ〜に進んでいく。大体、セリフが極端に少ないのだ。特に重要な場面では、殆どセリフがなく、二人の表情だけで全てを語らせている。そして、難病に侵されているはずなのに、たった一回の救急車のシーン以外は、主人公が苦しむ場面もない。ストーリーは写真屋の小さなエピソードと、彼女の彼に会えない苦しみ(彼が入院したことを知らないのだ)を積み重ねて、そしてプッツリと終わる。

   今時の映画にしては短い1時間37分。幕が降りた時、僕の後ろに座っていたカップルが、『全然泣けへんかったね』『うん、泣ける映画やと思ってたのに』と話しているのが耳に入った。そう、この映画で泣くことは絶対に出来ない。だけど、泣くことや泣かせることは、今はいいんじゃないか? 死に行く人も、その人のまわりにいる人も、一日一日を普通に生きてるのだ。みんなと同じように食事をし、仕事をし、面白いことに笑い、つまらないことに怒り、好きな人に恋をする。この作品の描きたかったことは、そんな日常を普通に提示すること。そんな主題に物足りなさを感じる人もいるだろうけど、僕にとってはすごく新鮮な感動だった。涙とも高揚感とも無縁の静かな感動。観終わった直後よりも、日が経つにつれ、ジワリと心に染み入るような不思議なパワーを秘めたお隣の国の名作だった。

   主演のハン・ソッキュは、本国では最大の映画スターで、ギャラ・人気・そして演技力と、そのどれを取っても、韓国映画界を背負って立つ人物なんだそうである。この作品でも、主人公の人間的魅力をその表情だけで体現する素晴らしい演技力と優しい笑顔は絶品。そして、さらに素晴らしいのが、可憐さと悲しみから立ちあがる力強さを、真っ直ぐな視線と繊細な表情で演じるシム・ウナ。テレビの世界では既に大スターながら、何故か映画では、興行的にも内容的にも恵まれなかったが、この珠玉の名作を作り上げたことで、世界進出の話もジャンジャン舞い込んできているそうである。

   という訳で、『八月のクリスマス』以降、僕は今まで殆ど見たこともなかった韓国映画の世界にハマッてしまった。運良く、ここ大阪では「アジア・フェス'99」のイベントとして『韓国映画祭』なるものが開催されたので、いそいそと出かけた次第である。この様子についてはまた次回に……

wb01627_.gif (253 バイト)Seeker's Holiday Camp