【Cinema Holiday】  雲の向こうから射す光はまだ見えない 
      =灰色の白昼夢『パーフェクト・サークル』、終われない過去の夢『フェイス』=    

1999/2/27

   今日は、少々暗めの映画を2本ほど……

wb01480_.gif (190 バイト)閉じた輪を開く方法は…… 『パーフェクト・サークル』wb01480_.gif (190 バイト)

FilmPerfectCircle.jpg (86738 バイト)    旧ユーゴの数多い内戦の中でもひときわ悲惨を極めたのが、ボスニアの戦い。かつてオリンピックも開催された首都サラエボは瓦礫の山と化し、幾派にも分かれた武装勢力は、対立勢力の殲滅を目指して、老若男女問わず撃ちまくる。

   『パーフェクト・サークル』の主人公は、社会的な成功を収めた初老の詩人。妻と娘がせまりくる危険から逃れるために街を脱出した日に、二人の幼い兄弟が彼の家に転がり込んでくる。兄弟の両親は、ある朝、住んでいる家ごと焼き払われてしまった。兄は耳が聞こえず、彼らが頼ろうとした叔母さんも、数日前の砲撃で大怪我をして入院してしまった。

   詩人は、この行くあてのなくなった兄弟と仕方なく同居生活を始めるが、サラエボ市街には、給水車に行って帰ってくるまでの僅かな間にも狙撃の危険が満ち溢れている。詩人はこう言う。

   「いい加減に街の歩き方を覚えろ!」
   「いいか、狙撃手は1人目で発見し、2人目で狙いをつけ、3人目で撃つ」

   こんな悲しくもつらい常識を詩人は兄弟に教えていく。やがて、詩人の尽力で、兄弟はドイツの赤十字組織に保護されることになるが、ドイツに行く前に、運命はなおも兄弟を弄ぶ……

   とにかく戦闘シーンの生々しさといったら、『プライーベート・ライアン』の比ではない。第二次世界大戦は、国家同士の戦争だったが、サラエボの戦いは、個人の戦争である。内戦とは組織の分裂の結果に他ならないが、やがては戦闘員個々が対立組織の個人個人を憎むようになっていく。横断歩道を全速力で走って渡ろうとしても、ビルの物陰から撃ち殺され、夜中に突然家を砲撃される。そこには戦闘能力の削減という通常の戦争における目的は既にない。目的はただひとつ「殺すこと」

   自身もボスニアで長い間殺し合いの現場をみてきた監督のアデミル・ケノヴィッチは、徹底して死への欲望を描き出す。それは詩人の敵方にとっては、殺す欲望であり、詩人にとっては殺される欲望である。随所に挿入される詩人の首吊りシーンは、白昼夢なのか後日の光景なのか判然としないが、この地獄絵図を終わらせることが出来るのはもはや死しかないのか、という詩人自身の苦悩が表れているのではないだろうか。

   無数の殺人と死を描き、いつも淀んだ暗い空をバックに無数の墓標を描き、詩人は首を吊る。転がり込んできた兄弟を守るために、生への執着を余儀なくされた詩人のその後は、一体どうなったのだろう? そして兄弟にとって、ドイツへ行くことは、本当にサラエボで死ぬことよりもいいことなのだろうか? ストーリー展開の分かりにくさが少々目に付くものの、そんな疑問をずっしりと心に残す寡黙な秀作。

wb01480_.gif (190 バイト)そしてこの人の人生もグルグル回る…… 『フェイス』wb01480_.gif (190 バイト)

face.jpg (27354 バイト)    俳優なんだから当たり前だけど、ロバート・カーライルは凄い人だなぁ、ということを再認識した。お人好しの失業者兄ちゃんをペーソス感たっぷりに演じた『フル・モンティ』から一転して、今回の『フェイス』での役どころは、苦虫を噛み潰したような苦悩の表情を浮かべる強盗班グループのリーダー。髪も短く切って、バシッとスタイリッシュに決めた姿には、とても前作での面影を見出すこともできない(ちょっと保坂尚輝似)。

   カーライル演じるレイは、元組合活動家で、何故か今は強盗を生業として生活している。彼の母親は、依然として闘志溢れる活動家、そして恋人はクルド人の難民を世話する施設で働き、政府が施設の閉鎖を強行しようとしていることに憤慨している。レイは強盗はするが決して人を殺めない。そして、盗んだ金は恋人の働く施設の活動資金に提供する。いわば一種の義賊であるが、所詮強盗は強盗、恋人は事あるごとに彼のそんな生き方を非難する。

   ある日、レイとその仲間4人は、現金保管所を襲うが、予想に反して成果が少なかったことから、グループの中に様々な軋轢が生じる。最初は分け前の決定というよくある揉め事だったが、やがて1人が死体で発見され、レイが世話になっている老夫婦も殺されるに至って、様相は急を告げ、めまぐるしく展開していく。仲間への猜疑心と今までの人生への問いかけ、そしてこれからの人生への問いかけ。

   ストーリーの展開に従って、5人全員が怪しく思えてきて、謎解きドラマとしては水準以上の出来である。しかし、この作品は単なる犯罪映画でも、アクション映画でもない。確かに何ヵ所で派手に行われる銃撃シーンは迫力万点だが、本当に心に残るのは、銃撃シーンが終わった後、スクリーンを満たす静けさと、レイのストイックなまでの無表情な様子。そしてモノクロで繰り返される若き日のレイのデモ行進場面は、彼の変節の理由を観客に考えさせる素晴らしい触媒として機能している。

   安易かもしれないけど、この作品を見終わってまず頭に浮かんだのは哀愁という言葉。ラスト近く、郊外の道を突っ走るレイのクルマ。やがてほんの少し、レイの顔に笑みが浮かぶが、やがてまたいつもの苦みばしった表情に戻って、クルマを走らせる。その背中には「哀愁」が最もよく似合うのだ。

   正直言って、エンディングにはかなり不満が残ったのだが、ロバート・カーライルの男気と哀愁だけで、合格点クリア。

   それとすぐ殺されちゃって、あんまりセリフないけど、あのブラーのデーモン・アルバーンが映画初出演してるのも話題のひとつ。となると、当然サントラもUKオルタナ系が中心となる訳で、クライマックスに流れるジーンの泣きメロ満開の挿入歌がメチャンコカッコよいです。

wb01627_.gif (253 バイト)Seeker's Holiday Camp