【Scrap Holiday】  『最良のセカンド・ドライバー』から『最強のセカンド・ドライバー』へ……
      2つの鶏口牛後、99年F1開幕戦オーストラリアGP雑感        

1999/3/7

   赤は赤でもシューマッハじゃなかったんだなぁ。3年間、巨大な才能の下に隠れ、そして支えていた最も愛されるべきドライバー、エディ・アーバインがとうとう表彰台の真ん中に立ってしまった。その横には、明るい印象のレーシング・スーツと同じくらい晴れやかな笑顔を浮かべたハインツ・ハラルド・フレンツェンの姿。

   圧倒的なポテンシャルを誇るマクラーレンと対抗馬の名門フェラーリという昨年同様の構図が予想された99年開幕戦のオーストラリア・グランプリは、波瀾に次ぐ波瀾の展開。相次ぐマシン・トラブルで、ハッキネン&クルサードのマクラーレン・コンビは早々に勝利の権利を手放し、フェラーリの大黒柱シューマッハも、スタートの失敗を最後まで取り返すことが出来なかった。予想以上に上がった気温のせいか、リタイアするマシンが続出、おまけにクラッシュも多発し、2度もセーフティ・カーが導入されるという有様で、結局、完走はわずか8台。そんな中、大荒れの周囲に惑わされることなく、着実に周回を積み重ねたフェラーリのセカンド・ドライバー、アーバインと、ジョーダン移籍初戦となるフレンツェンが、今年初のシャンパン・ファイトを演じる結果となった。

   思えば、すっかり定着した感もある『ベスト・セカンド・ドライバー』という称号は、アーバインにとって何の意味があったんだろう? 

   シューマッハが現在のF1界において比類しようのない実力の持ち主であることは明らかだし、フェラーリというチームが全てシューマッハを中心に回ることは当然である。しかし、いかにも人の良さそうな笑顔を浮かべながら、「僕はシューマッハの勝利のために何でもするよ」と言い続けるアーバインに対して、僕は言いようのないもどかしさを感じていた。シューマッハのサポート役。それは確かにアーバインに与えられた役目だし、アーバイン自身もその役目を着実にこなすことで、ドライバーとしての評価を引き上げてきたことは事実だ。

   だけど、人間なんてそんなに我慢強くは出来てないはずだ。ましてや、世界中にほんの一握りしか存在を許されない選ばれたF1ドライバーならば…… そこに自尊心のないドライバーがいるとしたら、そんな人間はF1で戦う資格はない。そして、アーバインは暴君イギリスに対して大いなる戦いを挑みつづけてきたアイルランド人なのだ。

   彼は、恐らく今後もシューマッハを引きたてるセカンド・ドライバーとしての立場を守り続けるだろう。しかし、一度勝利の味を知った人間は、もう後戻りすることはできない。チーム方針には従いながら、大いなる自尊心への忠誠を優先し、目の前の巨大な才能と戦うアーバインの姿を、僕達はこれからもっと見ることが出来るはずだ。

   そしてもうひとり、このレースで輝いたのが、堂々の2位に入ったフレンツェン。チャンピオンになる資格のあるドライバー、として、トップ・チームのウイリアムズに引き抜かれながら、結局、在籍2年で僅か1勝に終わり、事実上の解雇通告を受け、再び中堅チームへと舞い戻ってきた男。

   ところが、ジョーダンの鮮やかな黄色のレーシング・スーツを身に纏ったフレンツェンは、このレースで、ウイリアムズ時代の精彩のなさが嘘のような精悍なパフォーマンスを、僕達に見せつけてくれた。彼のレース人生も終焉を迎えつつあるという周囲の見方に反発するように。

   ウイリアムズで結果を出せなかったフレンツェンは、チーム自体のポテンシャルが下降線を辿っていたという事情を差し引いても、やはり期待されていたような才能の持ち主ではなかったのだろう。しかし、一種の失意ともいうべき感情に支配されても仕方のない状況でジョーダンに移籍してきたフレンツェンが、まるで生まれ変わったかのような生き生きとした表情を見せ、レースではウイリアムズ時代よりも早いんじゃないかと思わせるようなハイ・パフォーマンスを披露する。これはどういうことなのだろう?

   で、少し考えてみたのだが、ジョーダン・チームの持つアット・ホームな雰囲気とか、どう考えたってチャンピオン奪取の期待なんかされないというマシン・周辺の事情が、ウイリアムズ時代の抑圧された環境からの解放をもたらし、彼のレースへ向かう姿勢、ひいては生き方自身さえも期せずして変えたのではないだろうか? 鶏口牛後…… 去年までの彼は牛後、今年の彼は鶏口。

   しかし、単にトップチームからアットホームな中堅チームに移籍したという事実だけが、鶏口としての彼を輝かせたのではない。2年間の牛後としての幾多の経験があるからこそ、今日の微笑みへと辿りつくことが出来たのだ。

   新しい牛後のあり方を探り始めたアーバインと、牛後の経験を生かして初めて鶏口でその真の実力を発揮しようとしているフレンツェン。そんな二人の存在が、チャンピオン・シップを撹乱しそうな99年のF1ワールドが、これからとても楽しみだ。

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