【Cinema Holiday】 今頃ファンになってしまいました | |
=原田知世15年目のパワー全開『落下する夕方』= | 1998/12/26 |
僕が中学高校の頃は角川映画の全盛期で、あの角川春樹氏は、森村誠一の証明シリーズや、半村了の素晴らしい原作を粉々に破壊した怪作『戦国自衛隊』などいろんな作品を金と宣伝の力技で送り出してきた。その中でも中心的な存在だったのが、薬師丸ひろ子と原田知世を主演に据えたアイドル映画だった。原田知世のデビュー作『時をかける少女』と薬師丸ひろ子の『セーラー服と機関銃』が2本立てで公開されて、薬師丸派だった僕と原田派の友人は、この2本を見る順番で揉めたというツマラナイ記憶がある。
今回見た原田知世主演の『落下する夕方』は江國香織の小説としては2本目の映画化だが、1本目の『きらきらひかる』は、奇しくも薬師丸ひろ子の主演作だった。往年の角川両アイドルが時間差競演した訳である。まるで役どころも違うので、ただ単純に比較しても意味はないのだが、元薬師丸派の僕としては、「原田知世って、こんなに素敵な女優だったんだ」というある種の驚きとも言える発見をした作品である。
同性愛者の夫を持つアル中の新婚妻という無茶苦茶な設定をエキセントリックに演じた『きらきらひかる』の薬師丸ひろ子は、その浮遊感覚がとても魅力的だったが、今作で原田知世は、恋人と分かれた喪失感に悩む27歳の普通の独身女性リカを驚くほど淡々と、そしてリアルに演じている。特に、同棲していた恋人が出て行った後、ひとりでガランとした部屋に所在なげに佇むシーンなどは、ホントに見ている側の胸がキリキリ痛むような切なさを感じさせる素晴らしさだ。
彼女の醸し出す独特の透明感のようなものは、昔から変わらないのだけど、どうも今までは若さの持つ勢いが逆にそれを邪魔してるような気がしていた。ところが、この『落下する夕方』では、リカの家に転がり込んでくる元恋人健吾の新しい彼女である華子をまだまだ若い菅野美穂がブッ飛び気味に演じているため、この対比として、大人の女性の落ち着きをバックに彼女本来の透明感が限りなく美しく表現されている。江國香織作品の登場人物は『きらきらひかる』に代表されるようにどちらかと言えば現実的な人物とはかけ離れて描かれることが多いのだが、リカは珍しく普通の人として設定されていて、そういう人物を演じるのに30歳になった原田知世ほど最適の女優はいないだろう。まさにハマリ役とはこのことである。
菅野美穂演ずる華子は、『きらきらひかる』のアル中主婦以上にエキセントリックな存在だが、ストーリー自体はエンディングまでこれといった派手な展開はない。華子とリカの噛み合わないけど、どこか心の底で惹かれあっている関係を丁寧に描くことによって、ふたりの女優の魅力を最大限に発揮させて成り立っている映画なんだと思う。監督は宮本輝の名作『幻の光』を江角マキ子主演で映画化した際の女性プロデューサー合津直枝。監督が女性ということがこの映画の感覚に影響しているのかどうかはよく分からないけど、とことん抑えた演出が主演女優ふたり、特に原田知世の持ち味をきらきらと光らせたことは事実だろう。
ポツリと切れるエンディングも、菅野美穂のキレた可愛さも、新旧恋人の間で揺れ動く少し情けない男を好演した渡部篤郎もいいけど、独断的意見で言えば「原田知世の、原田知世による、原田知世のための映画」なんだと思う。大人の女性の心の喪失と再生、をこれほど瑞々しく演じれる人は他にいないんじゃないかな?