【Torip Holiday】   ある冬の日、暖かい仙台であったひとつの再会
      =中型連載企画 『豪華客船ならぬ豪華フェリー「きそ」乗船記』 Vol.1=    

2007/2/18

   (船の描写以外はフィクション・ノンフィクションが混在していますのでアシカラズ…)

kiso002a.jpg (47817 バイト)    冬真っ盛りの2月の北国だというのに、吹く風から寒さを感じない。JR仙石線陸前高砂駅前でバスを待つ私はコートを脱いで脇に抱えた。いつものように、スラックスにA4サイズのビジネスバッグ、というビジネスマンスタイルだからこそ成せる業だ。いかにも「旅行に行きます!」というような重装備をした人もバス待ちの列に数人いるが、重くて大変だろうなぁ、と少し同情してしまう。同情される身になってみたい気持ちも若干あるのだが…  

   11時過ぎ、仙台港フェリーターミナル行きのバスがやってきた。何故私はそんなところへ行くのだろう? 典型的なビジネスマンスタイルに見える私だが、ネクタイをしめていないことに注目して頂きたい。そう、今日の私は「オフ」なのだ。ビジネスマンのように見えて、その実「オフ」を満喫している…… この密かな楽しみは余人には分かるまい。私はこれから丸一日、世間の喧騒から切り離された洋上の別世界を楽しむのだ。  

   などと大層なことを書いてしまったが、「クイーンエリザベス2」に乗る訳ではない。私がこれから向かう仙台港で待っているのは太平洋フェリー「きそ」だ。豪華客船ではないが、日本の長距離フェリーの中では最高グレードの評価を得ている彼女は、昨日の夕刻に苫小牧を出港、今朝9時半に仙台入港、12時20分に再び錨を上げ、太平洋を延々と走り続けて、明日の朝名古屋に至るという長大な航路に就いている。飛行機で行けばたったの75分のところを実に21時間かけて辿り着くのである。この優雅な時間旅行! 煩い上司も私の指示を聞かない部下も、細々と小言を繰り出す妻にも最近微妙に私をないがしろにする娘にも邪魔されない私だけの旅がもうすぐ始まるのだ。そう思うと水面下の興奮が否がおうにも高まってくる。私はそんな気持ちを僅かな微笑とともに噛み殺しながらバスに乗り込んだ。

   バスは「夢メッセみやぎ」とかいういかにも行政が適当につけたような名前の施設で客の半数を吐き出した。もう5分も走ればフェリーターミナルだ、と思ったその時、何やら微かな既視感が頭を過った。3列前の右に座っているあのメガネの男、どこかでみたような気がする…… いや、待て私、東京ならともかく、仙台クンダリまで来て知り合いに会うはずがないではないか。他人の空似だろう、あ、もともと他人なのかもしれんが…… そして約2分20秒のメモリーサーチの末、私は思い出した。あれは「あの三谷幸喜に似た男」に違いない。

 もう6年も前のことになるだろうか。廃線が噂されていた近鉄北勢線に万難を排して乗りに行った時に遭遇(目撃?)した大阪弁の4人組。その中にいたのが「あの三谷幸喜に似た男」だ。どうして彼がこんなところにいるか? あの馬鹿でかいカバンから想像するに、彼もやはり「きそ」に乗るのだろうか? そこまで考えて、今時点でこのバスに乗ってる人間は全員フェリー客に決まっていることに気付く。 あの秋の一日、鉄道ファン同士の言葉のない神経戦に疲れ果てた私、今回の船旅でもあの戦いが再現されるのであろうか? 4対1だった前回と違い、今回は三谷氏(呼び捨てはあんまりなので以後こう表記する)とのタイマンである。別に殊更に敵意を燃やす必要はないのだが、同じ鉄道ファンとしての連帯感と距離感のバランスが難しく……

kiso004a.jpg (62200 バイト)    ここで言っておかなければならない。私は鉄道ファンではあるが、船舶ファンではない。たまたま金曜日に仙台で会議があり、折角だから一泊して牛タンでも食べて帰ろうか、などと考えていたところ、歯医者で見た旅行雑誌で「日本一の豪華フェリーきその旅」なる記事を見つけたというだけの動機なのだ。この船旅を思いついた時、私は妻に正直に告白した、一人で船旅がしてみたいのだと。間違いなく妻は怒ると思っていたのだが、予想に反して妻はあっさりと了承した。ただし条件は「船旅に関する費用は全て自分の小遣いで賄うこと」「服やカバンの新調は一切認めない」の2つ。要するに、家計に迷惑が掛かりさえしなければ、もはや妻は私の行動などに何の興味もないのだ。 だから私はまたもや『一匹狼ファッション』で、ごく一般人としてこの船旅を楽しもうとしている。では三谷氏はどうなのか? 関西方面在住ということは、仙台→名古屋航路への挑戦難易度は私より高いはずだ。それに今回は4人組ではないことから、恐らく単独船ヲタなのであろう。大方、東京出張→夜行バスで仙台→きそ乗船→ケチなので新幹線使わずに近鉄で大阪帰り、てなところではないかと推測したが、正解を彼に訊く訳にもいかない。

   三谷氏に関する考察を延々と脳内で行っているうちに、バスはフェリーターミナルに着いた。陸前高砂駅からここまでバス代200円、仙石線が190円なので合わせて390円である。三谷氏は千円札を両替して仙台駅からの490円を払っているようだ。この時点で100円彼に勝利していることに密かな優越感を覚えるがそんなことはどうでもよい。肝心なのは彼が私の存在に気付いているかどうかだが、今のところその気配はない。というか、恐らく私のことなど全く覚えていないであろう。そう、彼との関係はいわば私の片道切符なのだ。

kiso007a.jpg (61273 バイト)    バスから降りて発券カウンターに向かう。既に視線に入っている「きそ」の威容は私を圧倒した。大きさや竣工後2年という新しさもあるのだろうが、何と言うか他のフェリーとの格の違いのようなものがオーラを出しているような気がするのだ。三谷氏は既にやたらめったらデジカメ撮影にいそしんでいる。そんなに沢山撮ってどうするのかと思うが、まぁヲタなのだから仕方あるまい。なんだか嬉しそうに乗船券まで撮っているが、チラッと目に入った彼の乗船券には『1等』の文字が…… 私と同じではないか。フェリーというのは、一般的には一人で個室に入った場合、貸切料金を取られるのが普通らしいが、この会社は繁忙期以外はそういうものは取らない良心的な会社である。これは私がこの旅を決意した要因のひとつでもあるのだが、三谷氏も同様の考えであったとみえる。何かと共通点の多い私達である。 もっとも彼はカジュアルファッションの気ままな独身者(勝手に決定)、私はビジネスマンスタイルの家庭持ちだが。

   1階発券カウンターから2階へと移動し、長い長い乗船タラップへと歩を進める。船首部を大きく開口させた「きそ」にはどんどんトレーラーや乗用車が吸い込まれていく。フェリーというのは貨物が8割方が埋まったら旅客がゼロでも黒字になるんだそうで、いわば旅客は「おまけ」だとのこと。その「おまけ」の私はついにエントラスに足を踏み入れた。爽やかな笑顔のおねいさんがビジネスマンスタイルの私にお辞儀をしてくれる。ああ、これから一日、私だけの優雅な時間が始まるのだ。あ、おい、三谷氏よ、いきなりおねいさんの写真を撮りだすのはやめたまえ。

wb01627_.gif (253 バイト)Seeker's Holiday Camp