第12回 私の「マイノリティ リポート」


スピルバーグの「マイノリティリポート」には、なんと未来のオルガンが登場します。

登場するのは刑務所のシークエンスです。
省スペースのため立ったまま強制睡眠された囚人たちに音楽を聞かせ、反省の夢を見させるのだそうです。

2054年型のそれは、パイプはなかったけれど(きっとこれも省スペースのため)、
コンソールは現代のアメリカ風そのままで、音はやっぱり電子音でした。

劇中では「主よ人の望みのよろこびよ」のさわりだけ聞くことができます。

 映画は、ディックの原作でしたが、やっばりスピルバーグ映画になっていました。


                                               記 多田納人


草野厚氏著「癒やしの楽器 パイプオルガンと政治」を読みました。

オルガンを切り口に、行政のあり方などを問う問題作でした。
新書1冊では、流石に物足りなさを大いに感じましたが、
今まで語られなかった闇(どんな世界にも闇はありますが)にスポットライトを当てたという意味では、
評価できる一冊だと思います。
著者には、これを足かがりとして、さらに調査を深くひろげて分析した論を期待して待ちたいと思います。

 内容となっている、導入の学閥主義や前例主義の問題はさておき、
私の私見(マイノリティ・リポート)を書きたいと思います。

 本著にも一部触れられていますが、おちえどんがオルガニストをしている伊丹市立サンシティホールは、
もちろん公共の施設ですが、その目的は残念ながら、音楽専用ホールではなく、
高齢者をはじめとした市民の為の文化・教養・福祉の向上のためのものです。


隣接してデイサービスセンターや在宅介護支援センターが建っていることからも、そのことは判ります。 
 建物も中央吹き抜けホールを中心に、工作室、卓球室、和室などが取り囲むように並んでいます。
基本的には市民の自主的サークル活動の場になっています。

 現在では、指定管理団体(伊丹シルバー人材センター)の方が、運営に当たっておられます。
職員さんたちも、主たる職務は施設の維持、管理にあるようです。
館長を含め公務員ですから、定期的に配置転換があり、担当者は入れ替わっていきます。 
さらに、職員さんたちは当然音楽に関しては素人であり、施設の管理はともかく、
ホールとしてオルガニストを抱え、コンサートを企画、運営して行くためには、
多大な困難があり、それを乗り越えてやられていることは想像に難くありません。
施設の維持・管理の業務に比べると、コンサートの企画などは非日常的な仕事に違いありません。
その中で、職員さんたちは本当によくやってくださっていると感じます。

 オルガニストのことなど色々と問題もあるかと思いますが、
ただ残念なのは、年に数回のコンサートだけではなく、
もっとこのパイプオルガンを活用して伊丹市民のために広く開放する方法はないのかなあ、ということです。

現状では、伊丹市は公共のパイプオルガンが設置されてる数少ない地方自治体である、
ということすら知らない方も多いのではないでしょうか。

 本来であれば、伊丹市にはサンシティホールを含めると、音楽に利用できるホールは4つもあるのですから、
専任の音楽監督ないしはプロデューサーがいて、コンサートはその方の企画によって運営されて行くのが良いと思いますが、
そのプロデューサーを採用する判断基準を含めて、自治体ということから、難しい問題もあるのかもしれません。
せめてパイプオルガンという楽器が特殊なのであれば、その中から主任オルガニストを選定し、
その意見を採り入れていくようにすればどうでしょうか。

 また、サンシティホールのような環境にどうしてパイプオルガンが設置されたのか、ということをもっと考えて、
利用してみるべきでしょう。

 サンシティホールのオルガンは、ホールの床からほんの少しだけ高くなっていますが、
他のホールのオルガンに比べると、ほとんど同一面といってよい位置に据えられています。

形ばかりのバリカーはあるものの、ごく間近で観ることができます。
当然、演奏中はオルガニストの手や足の動きの全てを観ることが出来ます。
最前列では演奏者がパイプを吹くつもりで演奏している息吹まで伝わってきます。
また、2階の回廊からは、ガラス製の背部スウェルからその内部を見ることも可能です。

こんなオルガン、私は他では見たことありません。
また、ホールの響きも素晴らしく、ヨーロッパの石造りの教会のような残響があります。
このような環境ですから、来館者の中にはオルガンに興味を持たれる方も多く、
そのような市民の方に何ができるのか、何をすべきなのか、
私も伊丹の一市民としてこれから一緒に考えていけたらなあと思います。


以下次号待て暫し