

| 2003年 12月7日 |
奈良某所で産声を上げる。ママは、妊娠初期には切迫流産、8ヶ月目頃からはお腹の張りを訴えて、大変だった。 予定日は12月24日で、やや早かったが、早産ではなかった。 大きな目をして母親の乳首を吸っていたのが印象的。特に変わったところは何もなかった |
| 生まれてすぐの頃 | 授乳は3時間から4時間ごと。よく泣き、よく飲み、よく寝る、普通の子。異常があるなんてまったく思わなかった。 |
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3ヶ月〜4ヶ月 |
おもしろい顔を見せると、大きな声を出して笑うようになる。 |
| 〜7ヶ月 | ハイハイが出来るようになる。このころ、体重が標準の下限よりやや下回る。 |
| 〜10ヶ月 | つかまり立ちができる |
| 1歳頃 | 歩くことが出来る。上の娘が1歳を過ぎても歩けなかったことを考えると、早いように思えたが、うちの甥は8ヶ月くらいで歩いていたから特には早くないのかも |
| 1歳4ヶ月〜5ヶ月 | とにかくよく動く。ひとところにじっとしていないというか、もう運動量は上の娘の同時期と比べても倍ほどはある、と思っていた。男の子と女の子の差なのか、とも。 |
| 2歳6ヶ月〜8ヶ月 | この頃になっても喋っている意味はよく分からない。。牛乳をにゅーにゅー。パパとママ、娘の事はぱぱ、まま、ねーね、というくらい。 ほとんどが一語文ぐらいと思われる。 また、フルネームで呼ぶと、はーいと手を挙げるが(これは教えた)、ファーストネームの”あーくん”と呼ぶと、鸚鵡返しをしてくる。とにかく鸚鵡返しが多い。 ただし、父親母親にはなつく。帰ってくると、娘共々玄関先で飛びついてくる。 娘と一緒に遊ぶことも多い。 |
| 2歳8ヶ月頃 | 家内の実家の母と妹が、しゃべり出さない息子を見て、発達の遅れを指摘。実家の近所の小児科へ連れて行くが、そこでは発達障害は指摘されない。 娘が通っていた幼稚園に入園させるべく、近所の医者で健康診断して貰ったが、発育には問題がないが、言葉が遅すぎるとの指摘。 町の発達士の先生より、リハビリテーションセンターでの診断を薦められる。ただし、同先生は発達障害の否定を期待していた模様。 |
| 2歳9ヶ月 | リハビリテーションセンターで、広汎性発達障害と診断される。 このころより、ぎゅうにゅうー ちょーだい、いだいよー(痛いよう)など、2語文が出始める。 |
| 2歳10ヶ月 | 娘の通っていた幼稚園に入園できるかどうかの相談。加配はつけられないといわれ、ご心配なら他の幼稚園を当たられたらとどうですか、とやんわりと断られる。 カトリック系の幼稚園の受け入れが決まる。 |
| 2歳11ヶ月 | 悪戯がひどくなり、娘の机に片付けてある本、をすべて出してしまう。パパのパソコンのコードを抜いたりする。 |