疼き風の声


 ・・・覚えて、いる。覚えて、いた。かつて与えられていた指、舌、熱・・・それらすべてを。抱かれることを覚えた相手の熱である。忘れようがない。まして、ここしばらく一切の交わりを断ってきた身体にとって、それは残酷なほど懐かしく思えた。
「・・・早いですね」
 露になった肌の、雄の反応を見て風早は笑った。
「先に出しますか?始める前からこれでは、とても持たないでしょう」
「あんたは平気なの」
「触って、確かめてみますか?」
 手頸を取られて、那岐は慌ててそれを振り払った。脈打つものに触れてしまったら、きっと疼きを止められない。けれど、結局のところそれも衝動に過ぎないのだ、と那岐は知っている。柊との情事がそうであったように。快楽をくれる相手なら、「誰であるか」はもはや関係なかった。
 それでも、最初は違っていた。違っていた、気がするのだ。この家で暮らすようになって間もなく、それまでとは違う2人になった、あの頃だけは。風早の中に見えたのは、主従の決意でも道具としての割り切りでもなく、ただ柔らかな人の心だった、と。縋るように見えた瞳を捉えて、そう信じた。だから、求められることを那岐は拒まなかった。風早という存在を、拒みたくなかったからだ。今にして思えば、子供じみた意地もあって肉欲のまま受け入れてしまったのがいけなかったのかもしれない。けれど、那岐にとって風早は従兄だった。血縁はなくとも、いつでも切り捨てられる『物扱い』など論外だったのだ。

『君は、優しい子ですね』
 その時、風早はそう言った。
『いつか、その優しさを悔いる日が来る。忘れないで。そのために、俺はここにいるんです』

 分からなかった言葉は、やがて現実になった。それは受け入れ続けた身体が、いつか心を置き去りにして、後戻りできないところまできている、と気付いてしまったから。
「・・・っ・・・・」
 髪をかきあげる仕草。生え際を伝ってゆく吐息、舌先。背中を伝う指。声は殺せても、肌は熱を持ち汗ばむ。腰の揺らぎをこらえても、骨は奥底の震えを抑えきれず蠢くことを・・・全部、知っていて。弱いところを全部知り尽くしても、命じられるまで風早は触れようとしない。意地を張るほどに、もがくほどに苦しくなるのは、いつも那岐の方だ。たとえば、こうして焦らされたまま達したとしても。後ろに欲しがるまで、もどかしい愛撫は続くのだろう。・・・けれども。
「・・・・声・・・・」
「なんですか?」
「聞こえない、ように・・・して・・・」
 ・・・・・布都彦に。
 何事にもまっすぐな幼なじみが来てから、那岐は風早との交わりを断っていた。元に戻るだけだ、と言い聞かせて。風早は部屋へ訪れなくなってもやはり何も言わなかった。求めることもしなかった。ただ誤算だったのは身体がその意志についてこなかったことだけだ。結局は、それが柊との関係を作らせたのだけれど。同じこと、だったのに。こうなる前の自分しか知らない布都彦には、伏せておきたかった。それもまた、子供の意地なのだろうけれど。
「驚いたな。始める前からそんな心配をするとは思いませんでした」
 風早はタオルをねじり上げて、那岐に問うた。
「少し、苦しくなりますよ。いいですか。それに、ここを塞いでしまったら君が何をどう望んでいるか分からない・・・どうしますか?」
「・・・身体に聞いてよ」
「そうですか。では、君の身体が望むままに」
 那岐の口元へタオルを押し込み、風早は笑った。足を開き、腰を浮かせてやれば確かにそこは男を待っていて。指で解しにかかると、前も震えて泣いた。

「随分、我慢してたんですね・・・かわいそうに」
 滲みだしたものを舐めとると、くぐもった悲鳴と共に細い腰がたちまち跳ね上がり、堅くそそり立ったそれからは見る間に滴が溢れ、伝い塗れて後ろへと流れてゆく。
「ああ、すごいな。君、自分のを飲んでますよ。いっそ、このまま果ててしまうといい」
 膝を肩に乗せ、腰を掴んで揺さぶると、那岐は苦しげに首を振り、頬を紅潮させてゆく。限界が近いのだろう、と押し込んだタオルを抜いてやると肩で息をしながら潤んだ目を向けてきた。
「・・・っ、あ・・・ダ、メ・・・声、もれちゃ・・・」
「いいですよ。苦しくないなら戻しましょう」

 再びねじ込まれたタオルを咥え、声ならぬ声を上げて達した那岐を風早は飛散した白濁に濡れたまま陶然と見つめていた。
「ふふ・・・そうして太いものを咥えている君は、まるで」
「・・・・・・・?」
「そう、まるで・・・髪の一筋から足の先まで、犯されずには生きていけない魔性のようです」
 と、今度は紛うことなき衝撃が下肢からの脳天へと突き抜けた。達したばかりの身体がついてゆけずに悲鳴を上げても、内壁は吸いつく。乾ききった土が漸く見つけた水を飲み干すように、熱を欲して。
「・・・ん、ぐっ・・・うぅ・・・ん、んんっ・・・」
 こうして快楽に身を委ねていても、男を狂わせ従わせるに充分な色香を持っていても、那岐は壊れない。死にいたらしめようとした自分を許した、幼い日のまま。これまでの本家とは違う何かを以って、那岐は多くの上に立とうとするのだろう。
 風早には、それが分かっていた。那岐が、その優しさゆえ自分を『道具』にはしない、と知っていて。できない、と知っていて強要するのは何も本家の意志に従っているのではなくて。溜飲を、下げるためだった。両親を犠牲にしながら親切顔で自分を分家に引き取らせようとした、葦原本家に対しての。そして報われることのない屈折した想いゆえの。いま、自分の心の内でそのどちらが勝っているのかも分からないまま。
 どくどく、と熱は脈打つ。那岐の中で。柔らかな肉壁に幾度となく包まれ、締め付けられながら。心の内の、声ならぬ声を上げられないのは風早も同じで。彼もまた、那岐同様に気付かなかった。
 部屋の中へ差し入っていた、僅かな光に。密やかで切ない、意志がそこに在ったことを。
 




Fin.