はじめてのモウ♪ 〜バイタルチェック編〜



 風早は悩んでいた。日々の暮らし向きについて、ではない。無論、経済的に楽ではないが今のバイトが比較的高収入なので助かっている。問題は、そこで得られる知識とかんがみて可愛い子供達の健康状態が必ずしも芳しくないことだ。子供、といっても血縁関係があるわけではないが。
「そういう訳ですから、手早くモウしてしまいましょう」
「何がどうなって、そういう訳なんだか」
 愛らしい眉間にそぐわぬ皺を寄せて那岐は言った。
「こういうのってさ・・・こっちの世界じゃ犯罪だろ?」
「どうしてそういう悲しいこと言うのかな。俺は心から那岐を心配してるのに」
「人気のない病棟に足音忍ばせてる時点で犯罪だって言ってるんだよ!」
 声は抑えているが、苛立ちはかなりのものだった。今、二人がいるのは風早のバイト先でもある医療機関だが、病棟そのものは先日から閉鎖されている。政府の施策の影響らしいが、あるものを使わないのは道理に合わない・・・というのが風早の言い分だ。それも一理ある。一理あるが、現実問題としてここは立入禁止区域なのだ。見つかったらただでは済まないだろう。にもかかわらず、そんな所にいる理由は、と言えば。
「いいですか、那岐。低体温は万病のもとなんです。一説には36度台後半でなければ健康体ではない、とされているぐらいなんですよ」
「・・・だから?」
「冷え症自体も問題ですけど、もっと心配なのは身体の中まで低体温な場合です」
 確かに事実ではあるのだろう。だが、こいつにそんな入れ知恵するのはどこのどいつだ、と毒づきたいのをこらえて問う。
「だから、それを調べたいってわけ?わざわざこんな所に忍び込んでまで?」
「普通に検査するのは家計に優しくないので苦渋の選択だったんですが・・・いや、那岐に分かってもらえて嬉しいです。こっそり鍵をくすねてきた甲斐がありました」
 喜色満面の風早は、検査に必要なものを探し始めた。こうなると、もう止められそうもない。表面上ではあっても協力的に手早く済ませて退散するに限る、と那岐は踏んだ。
「で、ここで何をやるつもりなの」
「体温を測るんですよ」
 当然のごとく、沈黙が落ちる。今いるのは治療を行う診察室でもなければ、ベッドが並ぶ病室でもない。忍んでくる間には使われなくなったそうした部屋も見たが、目の前にあるのは寝心地の悪そうな寝台や、年代物のモニターである。古びてはいても、検査のための部屋には違いない。
「・・・・・家の救急箱にだって、『体温計』ってのはあったと思うけど?」
「いろいろ工夫して体内温度に近付けてはいますが、結局あれは体表温度を測ってるだけです」
 何が、どう違うというのだろう。那岐が首を傾げていると、目当てのものを見つけたらしい風早が戻って来た来た。
「さっきも言いましたが、低体温は身体に良くありません。免疫力も抵抗力も落ちるからです。現に那岐は千尋よりも寒がりだし、風邪をひいたり具合が悪くなったりも多いでしょう?」
 全くもって、面白くない。面白くはないが、その指摘には頷かざるを得ない。
「体表温度の違いからしてもそれは明らかなんですが、本当の体温というのは内臓の温度なんですよ。だからって皮膚から臓器に直接突き刺すのは無理でしょう?なので、はい。これに着替えてください」
「・・・・・なに、これ」
「検査用の下着です。大人用しかなかったけどね。もし汚れても大丈夫なように、こうやって使い捨てのをこの病院では用意してあるんですよ。エプロンガウンでやる所もあるらしいけどね」
 それは不織布らしき素材でできていて、敢えて言うなら紙オムツの仲間のようである。しかし使い捨てるなら強度・材質ともに適当ではあるだろう。
「あ、一応そっちに更衣室があるので良かったら使ってください。いまさら恥ずかしがることもないと思いますけど、服も置けますから」
 それ以上反論する気にもなれず、那岐は更衣室に入った。カーテン1枚向こう、というだけのスペースではあるがないよりはマシ・・・だと、思ったのだが。
「で、ひとつ聞きたいんだけど。なんでこんな形してんの!?」
 こめかみに青筋立てて出てきた那岐を見ても、風早はうろたえるどころか穏やかに目を細めている。
「ああ、やっぱりちょっと大きかったね。ずり落ちたりはしないと思うけど・・・でも、ブカブカも赤ちゃんみたいで可愛いですよ」
「じゃ、なくてっ!なんでこんなとこに穴あいてるのか、聞いてんだよっ!」
 手渡された下着をはいてみると、なんと十字の切れ目が入っていたのである。猛烈に聞きたくないが、聞かずにいられない。
「ああ、出し入れしやすく作ってあるんです。いちいち脱いでもらうのは大変だし、恥ずかしがる人が多いみたいなので」
「・・・・・出し入れ、って・・・・・」
「検査用のセンサーですよ。元々は内視鏡とかカテーテル用の穴だと思いますけど。下着は一応、後ろ穴に作ってあるんですが那岐はまだ身体も小さいし、どっちでも平気かな。現に、今は前穴ではけてるし・・・尿道検査なら、ぞうさんパンツってとこですね」
 那岐は、軽くどころではない眩暈を覚えた。今の会話だけで重症患者として入院できそうな気がするほどだ。こちらの世界の、医術は確かに素晴らしい。素晴らしいが、何というか・・・屈辱的なものが多い気がしてならない。でなければ風早の選択肢がどこかずれているということだろう。
「で、どうします?前だと尿道センサーになるけど・・・滅菌されてないと感染症になりやすいらしいし、そんな理由で腫れ上がったりするのは俺としても」
「も、いい。説明とか、いらない。後ろ穴なんだよね!?」
 どんな理由で腫れ上がるのならいいのか、とは怖くて聞けない。二者択一なら、と長々と続きそうなそれをさえぎって那岐は再びカーテンひとつ向こうへ飛び込み、戻ってきた。
「・・・さっさと始めてくれる?」
 検査台にうつ伏せになって睨み上げた那岐は不機嫌の極みだ。けれど、黒く長いチューブ状のセンサーを手した風早はまるで意に介していない。
「うんうん、ちゃんとモウできてるね。でも、今日は横向きに寝て。その方が負担も少ないらしいし。じゃ、始めますよ」
 背を向けてはいても、十字穴から感触が伝わってくる。風早の指が双丘を押さえるのと、異物が差し込まれるのはほぼ同時だった。
「・・・っ、う・・・・・」
「力、抜いて。ちょっと痛いかもしれないけど、もう少し奥まで入れないと正確に測れないと思いますから」
 その声とあいまって、下腹を一方の手が這い回る。苦痛を和らげようという意図は分かるが、正直ありがたくない。いっそ、放っておいて欲しいくらいである。
「ごめんね。でも、センサーとか内視鏡とか、ここから入れるのに麻酔ってしないみたいで・・・尿道カテーテルとかには使うんですけど」
「・・・いいよ。我慢できないほどじゃないから」
 那岐が言うと、ほっとした様子が伝わってきた。『心配』そのものは確からしい。だから、今回のような常軌を逸した言動も結局は受け入れてしまうのだけれど・・・と思っていると、ほどなくして電子音がした。結果が出たらしい。
「じゃ、抜きますよ」
 チューブが戻ってゆく感覚が気持ち悪いが、終わったなら何よりだ。風早の顔つきも悪くないから、結果もまずまずだったのだろう。
「・・・でもさ」
 検査台から足を下ろした那岐は、素朴な疑問をぶつけてみる。
「体温なんて、検査頻度高いんじゃないの?こんな閉鎖されてる所にセンサー置いとくなんて、使い勝手悪くない?」
「ああ、それなら大丈夫です。体内温度を測ることなんて、実際には稀ですから」
 風早の言葉に、那岐は振り返る。これは、もしかしなくても。
「これは大事なオペの前とか、凍傷の人とか、溺れたりとかで低体温になってて危険な状態の人が元々は対象なんです。内視鏡室にあるのは、オペ前に検査する人のをチェックする必要があったから、じゃないかな」
 と、いうことは。つまり。自分の状態は、不法侵入の危険を冒すほどではなかった、はずである。
「一応、聞くけど。・・・・・必要だったの?ホントに?」
「念のために、ですけどね」
 しれっ、と答えた風早の周囲に刃物の類がなかったのが良かったのか、悪かったのか。見当外れな心配性は、那岐の内なる怒りを余所に「体温を上げる食事を考えなくちゃね」などと、にわか栄養士のようなことを言って、笑ったのだった。

Fin



えーと。検査用のパンツ、は置いてる病院と置いてない病院があります。内視鏡室に体温センサーを常備しているかどうかまでは不明ですが、通常の内視鏡検査時は白くて濁った(・・・)下剤を大量に飲まされます。尿道カテーテル、というより『ぞうさんパンツ』を出すかどうかものすごーく葛藤して、でも雑菌が入って尿路感染とかするとシャレにならないので諦めました(モラルじゃなくて、そこか)。可愛いと思うですけどね、ぶかぶかパンツも、間違えちゃった前穴からぞうさんの鼻出してる那岐も。と、いうわけで日記で不釣り合いな童謡が出現していたのはこういうワケだったのでした。医療従事者の方、ご覧になってないと思いますが若干の矛盾には目をつぶってください(祈)。
・・・・・一度でいいから、書きたかったの変態を極めたコメディ!!(え、落ちてない?)