教員も学びを止めない
飯 沼 俊 雄

 今日の急激に変化する時代背景の中で,我が国の学校教育には,一人一人の児童生徒が,自分のよさや可能性を認識するとともに,あらゆる他者を価値のある存在として尊重し,多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え,豊かな人生を切り拓き,持続可能な社会の創り手となることができるよう,その資質・能力を育成することが求められている(文部科学省,2020)。従来指摘されている課題に加え、先に述べた新しい時代に必要な資質・能力の育成が教員によって担われるべきものとなっている。また,近年の教員の大量退職,大量採用等の影響により,教員の経験年数の均衡が顕著に崩れ始め,かつてのように先輩教員から若手教員への知識・技能の伝承をうまく図ることのできない状況にある(文部科学省,2015)。そのような中で,教員の専門性を向上することは今日の教育現場において喫緊の課題となっている(文部科学省,2015・2020)。

 近年,教員の専門性について,教員の認知や思考過程に着目する研究が行われるようになった。たとえば,佐藤・岩川・秋田(1990)が提唱した実践的思考様式という考え方の中で,教員は刻々と変化する授業場面で,判断や意思決定を連続的に行い,子どもの発言の意味を授業の展開,教材の内容,他の子どもの思考と結びつけて理解する即興的思考を挙げている。  この即興的思考の形成について,以前担当した初任者の成長過程から見出すこととする。

「学習計画表を見てください。今日は第4場面の心に残ったところを交流します。」これは,以前,私が担当した初任者のクラスの子どもの発言である。担当した初任者のクラスでは,日直になった子どもが一日,黒板の前に机を置いて,みんなの方を向き,司会を務めていた。さらに,「グループ学び」という小集団での話し合い活動においても,「司会」「タイムキーパー」「書記」「発表」という役割を一人ひとりが担い,司会者を中心に交流を進めていた。教師の指示がなくても,子どもたちだけで授業を進めていた。また,「グループ学び」の話し合い活動においては,形式に当てはめた「発表会」ではなく,自分の意見を出した後から話し合いが始まることを誰もが意識していた。そして,ホワイトボードを活用しながら,グループの意見を可視化させ,友だちの意見に疑問を投げかけたり,意見を付け加えたり,整理したりする姿があった。「全体」での学習では,教師がグループで出てきた意見をさらに深めるために,全体に問いかける。「全体の学び」においても,意見が飛び交う。当時の初任者のクラスを振り返ってみると,これらの姿は,1学期にはなく,「全体学び」はもちろん,「グループ学び」においても,子どもはとても静かで,意見があまりでなかった。初任者は日々,授業中の子どもの発言を参考にして,何度も授業計画を練り直していた。さらに,校内研究授業の参観やその後の研究会,日々の教材研究において,同じ学年の教員や他の教員と授業について語り合う中で,授業中での自分の思考や意思決定を対象化し言語化することを可能とした。その中で,「学ぶこと」,「教えること」という授業観に変容が見られた。子どもの発言をもとに,授業中に授業計画を修正して進めるようになってきた。たとえば,ルールを構築していく上でも,教師のルールを一方的に押し付けるのではなく,子どもたちの意見も聞きながら,合意形成する時間を大切にする初任者の指導行動の変容があった。子どもとの「対話」を繰り返す中で,一定のルールが自発的に守られ,子どもの発表の声が大きく、意見が多く出ている授業が展開された。

 これまでの教員の専門性向上の研究動向を見ていると,教員の専門性向上の中核的要因には,校内研修や校外研修などの社会的要因が挙げられる。以前担当した初任者は,同じ学年の教員や他の教員と授業について語り合う中で,自ら実践を問い直した。不確実な授業の中で,判断や意思決定を連続的に行い,授業計画や発問などを調整しながら,授業を展開していたといえよう。
 教員も仲間とともに,日々,省察し学び続けることの大切さを再確認することができた。
(湖南市立三雲東小)

【参考引用文献】
 文部科学省 新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会 2020 「令和の日本型学校教育」の構築を目指して〜全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現〜(中間まとめ)
 文部科学省 中央教育審議会 2015これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について〜学び合い、高め合う教員育成コミュニティの構築に向けて〜 (答申)
 佐藤・岩川・秋田 1990 教師の実践的思考様式に関する研究(1) 東京大学教育学部紀要,30,177-198.