巻頭言
未来を見据え、生き抜いていく力を
中 村 雅 子

 3月2日以降、多くの学校が休校になりました。子どもたちの登校風景の見られない町は静まり返り、主人公不在の学校はさみしく感じられました。教師・保護者・教育関係者も経験したことのない今春でしたが、一番影響を受けたのは子どもたちです。オンライン教育も注目されていますが、学校が再開されて子どもたちが異口同音に発した「友だち・先生と会えてうれしい」に胸をなでおろしたのは私だけでしょうか。コロナ禍を踏まえ、「言語活動・想いの表出」と「生徒一人ひとりに寄り添うこと」を通して、どんな子どもを育てたいとしてきたか、私の経験の一部を紹介したいと思います。

 美術の教師であった私は、例えば、中学1年生の2学期、生活画の多色刷版画の授業で、「まず瞼を閉じたら映像が浮かんでくる出来事を、3行位で書いてみて」と言います。部活で初めて試合に行ったこと、つかみ合いの兄弟喧嘩など、各自3パターン書いて、それを班の友だちと交流し合います。次に3つの中から一番印象的なシーンを選んで、絵に描いてもらいます。でも殆どの生徒が描けません。隣の子にモデルになってもらっても、やはり描けないのです。「来週までに、部活や家で確認して」と時間を置くのですが、次回も描けません。「じゃあ、クロッキーをしようか」と、ここで初めて人体の比例やクロッキーについて学習させモデルを立ててクロッキーをします。生徒が求め、表したいと思った時、知識は吸い取られるように身に付くのです。それを活用して、場面を描き始めます。私は、その子が何を経験したか説明を受けて一緒にワープします。生徒は伝える喜びを味わい、先生は生徒を理解します。百人いたら百通りの「想いの表出」であり、風景画でもデザインでも、何を表したいのかを汲み取るのは同じです。美術は技能教科ではなく表現の教科です。一人ひとりが大切にされている中で安心して自分の想いを表現できるのです。それは、すべての活動や社会生活につながります。

 管理職になってからも、全校生徒の名前とキャラクターを覚え、運動会では次々と走ってくる生徒の名前を呼んで応援しました。毎朝の登校時には校門に立ってひと声かけます。「おはよう」だけの子も、目で昨日の出来事を語ってきます。下校時も会議を中断して全職員が校門で見送ります。四月の職員会議では「これから受け持つ生徒たちを、三月までのつき合いと思わず、ここからがずっと続いていくご縁の始まりと考えて関わりを重ねてください」と伝えます。教職員が皆、子どもたちを本当に大切にするということを理解し、真剣に関わりました。行事は徹底的に生徒に考えさせ、教師は前に立ちませんでした。自主運営する力や切り盛りする力は、生徒たちを輝かせました。

 新型コロナウイルス禍を含め自然災害や人災など激変する社会の中で、過去のマニュアルでは通用しない時代を生きなければならなくなってきた今、子どもたちには、目の前の事象に「言語や知恵」を駆使して柔軟に即応できる力をつけなくてはなりません。さらに、この新型コロナウイルスによるパラダイムシフトは、共感と連帯の心、互いを慈しみあって助け合う心が必要であると教訓を示しています。子どもたちには、いのち輝くように未来を見据え、人と手をつなぎ、どんな渦中も生き抜いていく力をつけてほしいと願います。
(元京都市立中学校長・元中学校教育研究会美術部会長)