言葉の物語
弓 削 裕 之

 学年末、荷物の整理をしている時、懐かしいプリントと出会った。「やまびこ」と書かれたその紙は、どうやら保護者の方に書いてもらったもののようだ。名前を見ると、昨年度の卒業生が1年生の時のものだった。
 記憶はすぐによみがえった。がんばっているノートを担任以外の先生に見せ、合格ハンコを押してもらう「ノート検定」。学級通信でお願いし、ノート検定後の子どもたちの気持ちを表す言葉(2年生の教科書に載っている言葉から選ぶ)と、その言葉を選んだ理由を保護者に聞き書きしてもらったのだ。以前、さざなみ機関誌でも紹介したことを思い出し、整理の手を止めて改めて読み返した。
 同じ「まちどおしい」という言葉を選んだ子のやまびこには、それぞれこんなエピソードが綴られていた。

●お兄ちゃんが、学校の合宿で、1週間家にいなかった時、「早く帰って来てくれたらいいなあ」と私が言いました。その時、お母さんが、「まちどおしいの?」と聞きました。私は、「まちどおしい」という言葉の意味を知りませんでした。意味を聞いた時、「まちどおしい」とは、楽しみな気持ち、ワクワクする気持ち、ということを知りました。
 ノート検定での感想で、「まちどおしい」という言葉がありました。
 その言葉を見た時、お母さんから教えてもらった言葉を思い出し、いい言葉だなあと思いました。

●娘「ノート検定の合格ハンコをもらうのが待ち遠しいから。」
 母「ノートを作るのは大変ではないの?」
 娘「少し大変だけど、合格ハンコをもらうのが嬉しいから大丈夫。楽しいよ。それに、難しくてもがんばるから良いの。」
 母「合格ハンコは、それ程いいものなの?」
 娘「いいのよ。自分で電気をかざすと、きれいに光るのよ。押してもらうのが嬉しいの。」

 もし学校で言葉選びの学習に取り組んでいたら、知ることのできなかったエピソードかもしれない。母だからこそ、引き出すことができた言葉だろうと思う。言葉が生まれる背景には、いつもドラマがある。今年担任する1年生の子どもたちとは、どんな言葉の物語を紡いでいけるだろう。
 少し遅くなってしまった放課後の職員室。仕事をしていると、携帯電話に家から着信があった。1歳の弟が言葉を覚えたから聞いてほしいという、7歳のお姉ちゃんからの電話だった。電話口に「ま、め」と小さなつぶやき声が聞こえた後、その横で大喜びする娘の声が聞こえた。
(京都女子大学附属小)