読書感想文の思い出
弓 削 裕 之

 夏休みに娘を水泳教室に連れて行った時、観覧席で中学年くらいの女の子が宿題をしていた。弟か妹が教室に通っているのだろう。母親の傍らで、何やらぶつぶつ言いながらワークシートらしきものとにらめっこをしていた。
「そう思った理由、っておかしくない?なぜって聞かれても、そう思ったんやから仕方ないやん。理由なんてないよ。」
 どうやら、読書感想文の構成メモのような課題に取り組んでいるらしかった。確かに、気持ちが生まれたきっかけを探すのは難しい。大事な学びではあるが、感想文を書く時間があればあと何冊の本に出会えるだろうと、その時は考えてしまった。

 1年生の時に、『とざんでんしゃとモンシロチョウ』(長崎源之助)を読んで読書感想文を書いたことをよく覚えている。父に比叡山まで連れて行ってもらい、登山電車に乗った。確か、その時実際に見たチョウのことを作文に書いた。ひょっとしたらお話の登場人物が近くにいて、お話と同じようなことが起こっているんじゃないかと、そんな風に気持ちを綴った気がする。

 娘も今年1年生である。夏休みの宿題リストを見てみると、自由課題の中に読書感想文があった。「書いてみる?」と聞くと、「書いてみる」と言うので、さっそく本屋に出かけた。課題図書のコーナーができており、その中で娘が一番に手に取ったのが、『すばこ』(キム・ファン)という絵本だった。試し読みができるようになっていたので私が読み聞かせをすると、娘は「これがいい」と言った。「他にもあるよ。見なくていいの?」と聞いても『すばこ』を放さなかったので、それに決めた。

 家に帰って、娘は何度も何度も『すばこ』を読んでいた。横に座って「どうだった?」と聞くと、「だんしゃくがすごいねん…」「このページ見たとき驚いてん…」「一番好きなところはな…」と、こぼれるように話し出した。娘は『すばこ』のことをよほど気に入ったようだった。うんうんと頷きながら聞いていると、本の内容とは別に、母親と一緒に散歩をした時に家の近くの田んぼで出会った、小さなすずめのことを話してくれた。妻によると、娘はすずめのことを「すずめこちゃん」と呼んでいたらしい。娘に改めてそのことを聞いてみると、最近はあまり散歩に出かけておらず、車のスピードではすずめこちゃんを見つけられないと言う。娘がこの本を放さなかった理由が、少し分かった気がした。

 感想文を書き始めた頃、娘と一緒に巣箱を作った。雨に濡れても大丈夫なように、工作のために集めておいた牛乳パックを使った。巣箱にまだすずめは来ないけれど、母親と歩いて買い物に行った時、すずめこちゃんを見かけたそうだ。

 本との出会いは、人との出会いと同じくらい尊いものだと思う。たくさんの数の本と出会うことも大切だけれど、「自分にとっての1冊」に出会うことも大切だ。ただ過ぎ去ってしまうだけだったはずの1冊が、読書感想文を書くことを通して、かけがえのない思い出の1冊になることもあるだろう。
(京都女子大附属小)