ここから帰りますから
好 光 幹 雄

 ある研修会に出かけました。しかし、なかなか目的地に着きません。カーナビもありません。こんな時は人に頼るのがいい。しかし、コンビニもありません。やっとガソリンスタンドを見つけましたが、セルフ店でした。困っていると、ガソリンを入れ終えた女性と目が合いました。チャンスだ。思い切って訪ねました。地図を見せると、
「ああ、この地図では分からないですよね。え…。あの私、近くまで行きますから。ついてきてください。」
「いえ、ありがとうございます。助かります。」  こんなことで、彼女の後を付いていくことになりました。

  やがて、大きな建物が見え、無事到着。私は車から降りて礼を言いに行きました。
「どうも、ありがとうございました。助かりました。」
 すると、彼女も車から降りてきてここで間違いないですよね。とわざわざ確認してくれました。そして、よかったという表情を浮かべると、こう言ったのです。
「それでは、私はここから帰りますから。」
 そう言って、立ち去ったのです。私は、連れてきてもらって良かったのですが、彼女のこの最後の言葉が気になりました。どうして、「私はここから帰りますから。」なんてことを言ったのかな。不自然に聞こえて仕方なかったのです。そして、考えました。なぜ不自然に聞こえたのか。でもなぜ彼女はそう言ったのか。言った側と、聞いた側にギャップがあるのはなぜなのかな。

 研修会の間もずっと考えました。そして、ようやく分かったのです。彼女は最初に、「近くまで行きますから」と言い、到着してから「ここから帰りますから」と言いました。つまり、つなげて考えれば、彼女は私の目的地の近くを通って自宅に帰るということになります。言葉足らずだったかも知れませんが、そのことを彼女は私に言いたかったのです。すると、結局、彼女はどんなメセージを私に伝えたかったのでしょうか。
「ガソリンスタンドから遠回りをしてここに来たように思われるかも知れませんが、そんなことはありませんよ。私はここから帰ります。私の帰り道だったのですよ。お気になさらないでくださいね。」

 やはり、気立てのいい、おっとりとした女性でした。彼女の相手に対する思いやりが「私はここから帰りますから」といった、一見、不自然な言葉になったのです。しかし、彼女の気持ちが分かってから、この言葉がとても嬉しく思えました。その日、偶然にも、この女性のこの言葉を聴けて本当によかったと思いました。
(大津市立小野小)