巻頭言
伝 つ き
和 田 龍 一
 中島京子さんの小説に「長いお別れ」という認知症の父のいる家族を描いた作品があります。母と三人の娘家族のつながりの日々が描かれます。研究者の夫とアメリカに住む長女には恋の季節を迎えて悩む大学生と中学生になり学校に行く意味を探しあぐねている息子がいます。長年、子どもを授からなかった次女には新しい命が授かります。父との「長いお別れ」の間に親・子・孫という三世代の命のバトンタッチがつづられます。青春・朱夏・白秋・玄冬の日々です。

 私にも八十九歳の母がいます。ぼんやりと遠くを見て「あんたの子どもの時にはなあ…」と誰に語るともなく同じ話をくり返します。この年になっていろんな人にお世話になっていたのだと思います。校長を退職するときに子ども達が「第三の人生を楽しんでください。」という言葉をくれました。教師をめざして学び続けた「学び人」の時代、教師になって様々な先達から教えを受け学級・授業・学校を創ろうとした「創り人」の時代、そして、今はそのことを伝えていく「伝え人」の時代です。

 私にとって吉永幸司先生は大切な先達のおひとりです。東大阪はもとより中河内地区の国語教育研究会で直接ご指導をいただいたり、無理なお願いをさせていただいたりして十一年が過ぎます。その間、京都女子大学付属小学校の秋の研究発表会には欠かさず参加しました。毎年、体育館で授業を拝見しました。足にギブスをまかれて松葉杖で授業をされた年もありました。年ごとに「国語力は人間力」をはじめ蓄積されてきたことが書物となって具現化されます。吉永先生の「未来に向かうエネルギー」はどこから生まれてくるのだろうと驚きます。きっと体の奥深いところに地球のマグマのようなほとばしる情熱が湧き出ているのだと思います。でも、とてもおだやかです。地上にきれいな花が咲き、美しい四季折々の姿があるように。どうして日々新たに取り組めるのですかと問うと、きっと「すきだから」と答えられるでしょう。

 私も、吉永先生をはじめ先達から受け継いできたことを「伝つき」していきます。教育(今日行くとこがある)と教養(今日用事がある)を大事にして。
(元東大阪市立小学校長)