その地を訪れること
廣 瀬 久 忠

 11月末、修学旅行の引率をした。広島での学びを見守った。その初日の平和記念公園での子どもの学びを書き残しておく。

 新幹線で広島駅に降り立ち、すぐ広電に乗る。市街地をどんどん進み「原爆ドーム」前に到着した。歩を進めるうちに「原爆ドーム」に迫って来た。写真で見たあのドームを見上げる。多くの外国人観光客が目立つ。多くのボランティアガイドが外国語で案内している言葉も聞こえてくる。元安橋を渡り、元安川に沿って北上。
 クラスの集合写真を撮る。1枚目は背筋を伸ばして、2枚目は、「自由なポーズで」との帯同している撮影の青年の声にピースサインの子どもも多くいた。違和感を感じつつ、そこは担任の指示を待ってみた。「そんなことをするところじゃない」と言うのは実に簡単なことであった。
 原爆の子の像に向かう。先客を待ち、菩提寺小学校の番。実に明瞭に大きな声でメッセージが述べられた。全校児童にも協力を求めた千羽鶴がおさめられ、実に堂々とした平和の誓いであった。その様子を見守る周囲の方々も子どもの誓いを納得するように頷きながら見守ってくださった。外国人観光ガイドは「子どもがなぜこの像の前で平和を誓っているのか」を説明していた。

 昼食を班でとりながら班別行動の「公園散策」のルートを確かめた。
 散策をはじめる。黄葉した被爆アオギリ、平和の灯、原爆死没者慰霊碑、韓国人原爆犠牲者慰霊碑、原爆供養塔、平和の鐘、平和の時計塔、原爆ドーム、動員学徒供養塔、爆心地・島医院前・・。爆心地の空を見上げ、どこまでも澄んだ青空の上空で原爆の炸裂を「こわい」の小声とともに共有した。
 一つ一つ巡りながら説明板の言葉を声に出して読む。難解な言葉は私の説明を聞きながら読んだ。
 しだいに子どもの顔つきが変わってきた。「私たちが広島で何を学ぶのか」が五感を通じて子どもの心に染み込んでいったのである。

 国立追悼平和祈念館で語り部から忘れえぬ記憶、伝えねばならぬ思いを聞いた。子どもの食い入る姿に「よく聞けましたね」とお褒めもいただいた。
 いよいよ平和記念資料館の見学である。入場を待つときそばにいた子どもが話しかけてきた。 「先生、僕、ほんとは怖くて中に入りたくなかったん。けど、先生、今は『入らなければならない』と思う」。決意の顔で私を見た。
 スナップ写真を撮影の青年が撮り続けているがもう子どもは誰もピースサインをしていない。あの地が平和と誓いの地であることを誰に言われることもなく学んだのである。
(湖南市立菩提寺小)