信頼される大人
池 嵜 繁 伸

 「だから大人はきらいなんや!」これが、Aさんから私に投げかけられた最初の言葉である。
 授業中に教室を抜け出し、図書室の書架の上に寝そべり本を読んでいるAさんを見かけた。「どうしたん。今、何の授業?」と声をかけるが本を読み続ける。「○分になったら教室に戻ろうか」と提案するが無視。ちょうど最後まで読み終わったところで、本を取り上げ少し強い口調で「教室に戻りなさい」と指示した途端、Aさんからの最初の言葉が私の胸に刺さった。

 本年度4月、5年間の彦根市教育委員会事務局学校教育課での勤務を終え、数多くの樹木に囲まれた彦根市立若葉小学校に赴任した。久しぶりの学校現場で新任教務主任として、しんどい子どもたちとの関わりがスタートした。Aさんは、その中心となる1人であった。

 年度当初、いくつかの学年にまたがって複数の子どもたちが、授業中に教室を飛び出しては、いたずらや喧嘩を繰り返し、注意する教師に対して暴言を吐いたり物を壊したり暴力をふるったりする状況が続いた。新しい友だちや新しい担任等、環境の変化にすぐには馴染めないことが一つの要因ではあるが、不適切な養育環境の中、家庭で大人からの温かい言葉かけを受けることができずに登校してくる子どもたちが、学校生活への不適応を起こしていることも少なくない。不安げな表情で、教師の注意の言葉や制止に過敏に反応して急激に感情を爆発させる子どもたち。なかには発達障害等の障害があり二次的な障害を引き起こしているケースもあった。

 そこで、1学期にスクールソーシャルワーカーを招聘し、対象児の様子を観察していただき、後日対応の仕方等について職員全体で研修を深めた。周囲の大人から行動を強く規制されたり、叱責を受けたりすることの繰り返しが悪循環を引き起こしていることを再認識し、叱責するよりも望ましい行動を具体的に示したり、行動のよい面を積極的に引き出したり認めたりすることが効果的であると共通理解することができた。信頼している先生や好きな先生の言うことには子どもは従う。ダメなことをダメというためには、まず適応行動を認めることが重要だと学んだ。

 Aさんには、信頼できる大人の存在が必要である。好意に満ちた語りかけで信頼関係を築くことに努めてきた。「がんばりカード」で様々な教師が適応行動を認めたり、「気持ちの温度計」でイライラした理由を言語化させ、じっくり聴きながらどうすれば落ち着くのかを一緒に考えたりすることが情緒の安定に繋がっているようである。秋になり、Aさんも笑顔で学校生活を送れる日が徐々に増えている。子どもたちから信頼される大人であるために、Aさんからの最初の言葉を胸に刻みたい。
(彦根市立若葉小)