道徳の授業と言語力の活用 〜チャップリンの誕生日〜
好 光 幹 雄
道徳資料・好光自作
 二十年近く前、日曜日、ある小学校に、そこの校長先生と私とで所用があって出かけました。すると、玄関付近に子どもが七、八人集まっていました。日曜日なのに何の用事で集まっているのかなと思っていると、その校長先生が子どもたちに、
「何で集まっているの。」
と尋ねられました。子どもたちは、
「お誕生会があるから、待ち合わせをしてるの。」
と、答えました。すると校長先生は、
「そんな派手なことあんまりせんときや。」
と言われ、玄関の鍵を開け、入って行かれました。
 子どもたちには何を言われてるのか分からなかったのでしょうが、私もそうだなと思いながら校長先生に続いて入って行きました。

 私がそうだなと思ったのには、理由がありました。チャップリンの誕生日のエピソードが思い浮かんだからです。

 昔、映画解説者の淀川長治さんが若かった頃、チャップリと会って話していたときのこと。話が進むと、実は明日がチャップリンの誕生日だということが分かりました。
 そこで、淀川さんは、
「明日はあなたの誕生日だったんですね。それではみんなでパーティーを開きましょう。そしてあなたのお祝いをしましょう。」
と言ったそうです。他にも何人かいたのでしょう。
 でも、チャップリンはこう答えたそうです。
「皆さんのお気持ちは嬉しいですが、でも私はパーティーには出られません。明日は私の誕生日。つまり、私を産んでくれたたった一人の母に私が感謝をしなければならない大切な日なのです。ですから、私は母と二人きりで、静かに食事がしたいのです。」

 淀川さんは、チャップリンが亡くなってから、このエピソード明かしたのですが、名声を博した世界の大俳優が、こんなに人間的に素晴らしく心優しい人なんだということを、自分のことのように嬉しそうに話していました。

授業案・目標 生命尊重
1.導入
 自分の誕生日について、思うことを発表する。具体的に、どうしたいか、何を願っているかも発表する。
[予想される子どもの反応]
 ・家族やみんなに祝って欲しい。
 ・プレゼントに○○が欲しい。
 ・誕生日は自分が主役。

2.展開
(1) でも、誕生日を違う意味で考えた人もいます。それで、今日は、「チャップリンの誕生日」について紹介します。(資料を読む)
(2) チャップリンの考えた誕生日とみんなの思っていた誕生日と何が同じで、どこが違いますか。
[予想される子どもの反応]
 ・大切な日というのは同じです。
 ・祝ってもらう日だと思っていたけど、チャップリンは、自分が感謝する日だと思っていた。
 ・主役は自分だと思っていたけど、お母さんが主役という考え方。
(3) 淀川さんは、チャップリンのどんな言葉に感動したのでしょうか。
 そして、校長先生が言いたかったことは、実はどんなことだったのでしょうか。

3.終末
(1) 自分にとっての誕生日の意味や価値について考えてみる。
(2) 先生の説話を聞く。

道徳の授業と言語力の活用
 チャップリンの誕生日のエピソードを通じて、子ども達は、誕生日という新たな生命が誕生した記念日の意味と価値を、《生命尊重》という道徳的な価値の視点から考えることができるでしょう。
 このように、子どもを立ち止まらせ、心を揺さぶり、物事の真意を追究させる原動力となるのは、言葉です。言葉の持つ力です。
「私を産んでくれたたった一人の母に、私が感謝しなければならない大切な日」
というチャップリンの言葉が、子ども達の心を激しく揺さぶることでしょう。子ども達は、当然のことのように思っていたことを、180度回転させて考えざるを得なくなります。道徳的価値はそのような揺さぶりによって発見され意識化されます。
 こうして、言語力は道徳の授業に大きな影響を与えます。ですから道徳の授業を成立させる為には、国語で培った次のような言語力を適確に活用させなければなりません。
A.発表力
 導入で自分の思いや願いを体験と関わらせて表現する力の活用。
B.読解力
 展開で資料を読み解く読解力の活用。
 展開(2)(3)の発問に対して、大切なキーワードやキーセンテンスを見つけることができる力。
C.思考力・想像力
 読み取ったキーワードやキーセンテンス、友達の発言等を参考にして、自分の思いや考えを深める力。
 終末で道徳的価値について考えを深める力。
D.聞く力
 友達の意見や説話を目的に応じて聞く力。

 このように道徳の授業では、国語で培った言語力が場面によってまた目的に応じて適確に活用されることが求められます。道徳の授業は言語力活用のまさしく実の場といえるのかも知れません。
(大津市立小野小)