巻頭言
心温を育む
新 藤 一 朗

 私は、定年退職後三年間、文部省のいじめ問題対策に携わってきた。全国各地の子どもたち・保護者・教師・教育行政関係者等の来訪があったり、電話が舞い込んできたりした。「かつ丼三つお願いします」と言ったいたずら電話も数知れない。そうしたいじめ問題体験の中で考えさせられ、今でも私の問題意識として残っていることがある。それは、人間としてそれぞれ「体温」があっても、「心温」ともいうべき「心の温もり」に乏しいということである。問題が深刻なことであるだけにやむを得ないことだとは思うが、それでよいとは言えない。

 埼玉県の東部地区を中心として活動している「野っ原詩の会」がある。この会は、昭和三三年に児童詩集「野っ原の子」第一号を発行しているから、すでに、半世紀余りの歴史を重ねてきている。
 過日、吉永幸司先生をお招きして「四五〇号記念珠玉集発行記念の会」が催された。その珠玉集の巻頭の会長挨拶(片山乃理子会員)に、「じっくりと物事を見つめる心は、人との関係でも、相手をよくわかろうとする心につながり、相手のことが考えられる思いやりのある豊かな心が育っていきます」と、記述されている。

   母 (珠玉一集・六女)
 一日の仕事を終えて
 つかれきった母が
 部屋でころがっていた
 かすかにいびきが
 きこえてくる
 じっと見ていると
   かわいそうになった
 そっと、毛布をかけてやった

   あたたかい春 (第四五〇号・三女)
 春を感じました
 さくらが下にとびちって
 さくらのじゅうたんみたいでした
 わかばは小さくて
   少しつやつやしていました
 心も体もほんわりして
 気持ちがよくなりました

 この二つの詩をはじめとして「野っ原詩の会例会」で紹介された子どもの詩は、これまでに恐らく七五〇〇編を超えると思われる。いずれも子どもたちの心温が感じ取れる作品ばかりである。子どもの心温を育み、言葉による表現を通して「人」を育てる実践を継続してきたことに感動する。

 ところで、「心温を育む」ということは、子どもたちに接する教師の心温がどれほどのものかが問われると思う。豊かな心温をもった教師が、子どもの心の目の高さで、指導にあたりたいものである。
(埼玉県さいたま市在住)