視写の効果
北 島 雅 晴

◇「字をきれいに書く練習にもなるし、話もよく分かるし、視写ってさいこう。」
 と私は言いました。学校でも、ついついがんばってしまい、目がくらくらしてきます。家でもたまに書くことがあります。話も分かり、字もきれいになるので、一石二鳥だと思います。

 「一石二鳥」というテーマで書いた日記の一部である。やや表現にオーバーな部分もあるが、視写を話題にして日記が書けたのがすばらしいと思う。

 学校全体の取り組みとして、朝の学習の時間に週2回、視写を行っている。1学期は詩を中心に、2学期からは短い物語を視写している。
 「きつねのしゃしん」「おにたのぼうし」といったあまんきみこの作品、「加代の四季」「コスモスさんからお電話です」といった杉みき子の作品などを十数作品用意した。
 視写のお手本は、私が四百字詰め原稿用紙に視写したものを用意した。じつは、始めから十数作品用意したのではなく、私の視写したものをすべて完成した子がでるたびに、新しいものを作っていった。結果として、3学期が始まったころにこれだけの数になった。

 Aさんは、文字もきれいで、しかも書くスピードも速い。そのため、新しいものを用意してもすぐに完成させてしまう。朝の学習だけでなく、なぜかうちへ帰ってからも視写をするので、用意した次の日に提出することもある。Aさんとの競争になる。Aさんは、2学期の間に、原稿用紙60枚程度の視写をしたことになる。
 あまり集中して学習に取り組めないB君。朝の学習の十分間、集中して書くことができる。ある日の休み時間、B君が視写を続けている。あと少しで終わるというところなので、最後まで書きたいということであった。
 私自身、視写をして感じるのは、ただ単に読んでいる(黙読する)ときとはちがって、筆者の書きぶりがよく分かるということである。筆者の表現の特徴、大切にしている思いが、自分なりに分かってくる。視写が楽しくなってくる。視写について日記を書いた子、Aさん、B君も、それぞれ視写の魅力やよさを感じて取り組んでいる。

 話は変わるが、吉田松陰や南方熊楠も、青年のころ、大切な部分をすべてうつして学んだと書かれてあった。まだはっきりと分からないが、視写をすることで、技能面でも態度面でも、何らかの効果があることは確かである。それが何なのか、子どもの姿に学びながら、そして自分自身で視写をしながら、考えていきたい。
(草津市立志津小)