おはよう おはよう
弓 削 裕 之

 おはようございます。 おはようございます。

 朝の1年生の教室。黒板に2つの「おはようございます」を書くのが日課である。一番に教室に入ってきた子が、少し緊張した声で「先生、おはようございます」と言う。わたしも「おはようございます」と返す。
 その子がランドセルの用意をしている間に、2人目の子が教室に入ってくる。ドアの手前で気をつけをし、思い切りのよい表情で「おはようございます!」今度はわたしより先に、ランドセルの用意をしていた子が「おはようございます!」と返す。
 子どもたちが次々と登校してくる。教室に子どもが増えてくると、登校してきた子のあいさつが聞こえにくくなる。たくさんの人の前であいさつをするのは、勇気がいる。「おはようございます…」声は届かない。初日は、「みなさん、○○さんがきましたよ」と声をかけた。みんなはドアの方を向き、「おはようございます!」と声をそろえた。

 2日目に同じことがあった時、どうするかなと待ってみた。その子は何度か小さな声であいさつをした後、目をつむって教室に一歩足を踏み入れ、「おはようございます!」と大きな声を出した。みんながその声に気づき、その子の方を向いて「おはようございます!」「おはようございます!」とそれぞれに声を返した。初めて自分の声が届いた。初日とは違う笑顔を見せた。一人ひとりの声がそろっていなかったのが、またよかった。

 そのうち、2つの「おはようございます」に疑問を持つ子が出てくる。
「先生、どうして2つあるんですか?」
「どうしてでしょう。」
「1つ目は、お友達とのおはようございますです!」
「じゃあ2つ目は、先生とのおはようございますだ!」
 子どもたちの自由な声が飛び交う。そこで、国語の教科書を開く。
「教科書にも、2つのおはようがありました。」
 教科書の挿し絵を、食い入るように見つめる。
「わかった!おはようと言ったら、おはようと返します!だから2つです!」

 1週間後、いつものように2つの「おはようございます」を書いていると、後ろから朝一番のあいさつが聞こえてきた。振り向くと、目の前にその子がいた。
生、もう書かなくても大丈夫です。みんなが来たら、ぼくがおはようを言います。」

 おはようが教えてくれることは、限りなくあるように感じた。
(京都女子大学附属小)