言葉を味わう
白 髭 英 之

 学校行事や教科学習の後に、原稿用紙やノ−トに感想を書くようにしている。自分自身をふり返り、自分自身の成長を感じたり、次への目標を見つけたりしてほしいという願いからである。
 その文章を読むと気付くことがある。多くの体験をする中で、子どもたちは多様な感情を抱いているのだと思うが、それらを表現しようとする時、「楽しい」「よかった」「すごい」などの言葉で一括りにしてしまうのである。

 学校生活の場面でも同様のことが見られる。子どもたちは学校で集団生活を送っているので、友達関係のトラブルも生じる。その原因を紐解いてみると、例えば、AさんがBさんを遊びに誘ったとする。Bさんは、放課後に習い事があるので遊べないのであるが、その理由を言わずに「無理」の一言で誘いを断ってしまう。Aさんは、Bさんの放課後の事情を知らないので、「無理」の一言で片付けられたことで嫌われたと思い込んでしまう。また、「うざい」という言葉を使う子どもも、いまだに多く見られる。悪意はまったくないのだが、自分にとって快くないことは「うざい」の一言で片付けて、周りに誤解を与えてしまう。

 このようなことは、そのような言葉を使う子どもが悪いということにではなく、自分の気持ちや考えを的確に表現する言葉を知らないことに目を向ける必要があると考えている。

 国語の教科書(光村図書)には、読書感想文や批評文などを書く際に、自分の感情や考えにぴったりの表現を見つけさせるために「価値・判断や、感情を表す言葉」が掲載されている。このペ−ジを参考にしたり、同様の言葉がないか、辞典で調べたりしている。

 また、『季節の言葉』という季節を感じる言葉を知り、それらの言葉のもつ語感を味わう学習がある。夏休み前に『夏は、暑し』を学習したが、夏に関する言葉が単語でぽつぽつと集まる程度であった。そこで、夏休み明けに再度学習した。
 そうすると、「きらきら光る海」「夏の花と言えばひまわり」「夏の定番、花火」「うるさいセミ」「アイスで暑い夏を乗り切った」「冷たい海の中」「家で見た甲子園」「いろんなところで聞いた猛暑」などと、修飾付きの言葉が集まった。きっと、夏休みに様々な体験をしたことにより、実感を伴って味わうことができたのだと考える。改めて言葉は生活に根ざしたものであると気付く。

 代々受け継いできた言葉、言葉が持つ意味、響きに、多くの機会を通して触れさせたい。
(彦根市立城南小)