本棚   日本語最後の謎に挑む
山口謠司 著 BK1
新潮新書 2010.10 680円
ん

 書名が『ん』なんていう本は他にはないのではないだろうか。さらに「日本語最後の謎」というサブタイトルも興味を引く。

 五十音図の最後にある「ん」、あって当たり前で、何の不思議も感じない。どの段にも属さないことも自然と了解できる。

 しかし、奈良時代には「ん」という表記がなかったという。『古事記』や『万葉集』は漢字を借りて日本語が書き表されているが、漢字にも「ん」とだけ読む字はない。その後、漢字の読み方を示すためにカタカナが使われるようになったが、「ン」はなかった。「ん」と発音する場合は、「損=ソイ」「感=カム」「恨=コニ」のように表記されている。3種類あるのは「※」「m」「n」という発音に対応している。(※は、ngと発音される発音記号)

 文献上で「ン」が最初に現れるのは1058年、ひらがなの「ん」は1120年だという。和歌では濁音が嫌われたのと同じように「ん」も下卑た音であると意識され放棄されなかった。平安末期に『保元物語』『平家物語』などの軍記物が盛んになって、「ん」は本格的に使われるようになった。

 空海や最澄の仏典の研究、上田秋成と本居宣長の論争など、「ん」は奥が深い。(常諾真教)