A児との出会い
池 嵜 繁 伸

 「本物の言語力」について考えさせられるエピソードを紹介したい。

 現在3年生を担任しているが、この子どもたちとは2年生からのつき合いである。  2年生の4月。教室に入らず職員室で暴れ回ったり、教室に入っても目を離すと友達を叩いたり蹴ったりするやんちゃなA児を担任することになった。目がつり上がり、口を開けば「あほ、ボケ、死ね」を繰り返すような子であった。家庭環境等、様々なしんどい状況を背負い、1年生の途中から心を閉ざし、非常に反抗的な態度をとるようになった。
 まず、この子と担任が好ましい関係を築き、その後クラスの集団との関係を修復することに努めた。帰り道や遊びの中での何気ない会話や、学習中の「よさ」を認める言葉かけ等を繰り返すことで、徐々に眼差しが優しくなり、言葉も丁寧になってきた。また、A児だけではないが、「言葉のキャッチボール(対話)」を大切にし、スピーチ等で質問や感想が言える力を鍛えてきた。

 3年生ではクラス替えはあったものの、引き続きA児を担任してきた。
 3学期のある日、特別支援学級の子どもたちが市内の合同発表会に向けて練習してきた劇を、本学級の子どもたちが鑑賞する機会があった。「おおきいのをつりたいね!」という絵本からヒントを得た、小道具等にも工夫を凝らした劇である。
 鑑賞後、司会の先生から「感想やアドバイスはありませんか」という一言。十数人の手が挙がり、ストーリーのおもしろさや小道具の工夫について発表する子が続いた。そろそろ特別支援学級の子どもの「よさ」について目を向けさせようかと考えていたところ、A児が「劇してる人のこと言ってもいい」と訊いてきた。そして、「大きな声ではっきりと言っていたので、分かりやすかったです」と述べた。「Aくん、さすが!とってもいいアドバイスやね」と誉めると、その後、何人もが後に続いた。

 そして、そろそろ発表を終わらせようとしていると、A児が「先生、まだどうしても言いたいことがある」と言ってきた。「何や?これで最後やで」と告げ指名すると、明るい笑顔で「明日の発表会では、がんばってきてください」の温かい一言。「あのA児が…。うれしかったわあ」と特別支援学級の先生方から。
 これまでの2年間、「本物の言語力」とは何かを模索してきた。その機会を私に与えてくれたA児との出会い。今、心から感謝している。
(彦根市立平田小)