巻頭言
素朴な背中を追い続けて
中 田 祐 二

 「桃花片」(岡野薫子作)という物語がある。陶工である父のもと、子どもの頃からつぼを作り続けた主人公「楊(やん)」は、陶工の道を究めていくにつれ、父の残した素朴な「つぼ」の価値に気付いていく。

 私は今、小学校の教師をしている。そして、父も教師であった。私が教職に就いた時、当時、校長であった父の話をよく耳にした。
「校長先生は、毎朝学校の周りの道路を掃いているよ。」
「校長先生は、子ども全員の名前と誕生日まで覚えているよ。」
 そんな父親は、私の誇りである。
 しかし、私が教職の道を志したのは、父の影響ではなかった。まして、幼い頃の父の印象というのは、まさに「楊」が抱いた父親への印象と同じであった。私の父も、いつも控えめで、派手なことは何一つしなかった。まさに「楊」の父親の「つぼ」のような生き方だった。そして、やはり幼い頃の私は、それを物足りなく思った。

 小学生のころ、父は机に向かい、ガリ版に、一心に学級便りを刻んでいた。その後ろ姿を思い出す。大学受験に向け、私が深夜を過ぎても勉強していた時、ふと父の書斎をのぞくと、父もまだ本を読んでいた。スタンドライトに浮かぶ父の背中を思い出す。
 そんな、背中の一つ一つが、今の私に投影されている。父がしていること、まさにそのままを、今の私が繰り返している。

 父の、周囲の人との関わり方は、どこまでも穏やかであった。しかし、人とつながることの厳しさを人一倍知っていた。だからこそ、教師の道をとことん突きつめようとした。父の背中はそれを物語っていた。今なら、それが痛いほどよく分かる。
 私は、父が教壇に立つ姿を見たことはない。そして、父が退職してしまった今、その機会は決して来ない。しかし、私はそれでいいと思っている。もちろん、父とて、完璧な教師ではなかっただろう。だが、私の中での父は、追い求め続けるべき理想として残る。そして、冒頭の「楊」と同様、私も、父の偉大さを身にしみて感じ続けることになるだろう。

 これまで、父と教育について語り合うということはなかった。そしてそれは、これからもないであろう。しかし、私は、父の背中にずっと語りかける。
『父さん。あなたの素朴な背中は、紛れもなく、私の中に住んでいる理想の教師像です。』
(香川大学教育学部附属坂出小学校)