巻頭言
言葉がものを変える
北 岸 秀 規

 言葉には、人を感動させたり、落ち込ませたりさまざまな力を持っているということは よくわかっているつもりだった。しかし、言葉は、人だけでなくすべての物にも伝わると いうことを教えられた。

 ちょうど昨年の6月のことである、顧問先の社長が、言霊を見せてやるからこいという のだ。私は、何が何だかわからずいわれるがままに、その会社を訪問した。
 この会社は、地下から湧き出す天然水をボトルに詰め、いわゆるミネラルウォーターと して販売する事業を行っており、個人宅への配送はもとより県内のホテルまで営業展開を している。
 社長は、「私どもの水がおいしいのには、理由があります。」と明言する。その秘訣は、 毎日、水に対して言葉をかけているからだそうだ。「今日も、おいしい水をありがとう。」 たったそれだけのことであるが、これを口に出して話しかけるのと話しかけないのとでは、 味に大きく差がでるという。そして、その味の差は素人でもわかるくらいだという。
 水自身の素材の良さには自信があっても、それ以上に、製造する者から販売するものま で、すべての従業員が商品であるこの水に、深い愛情と感謝を持って接することに意味が あると社長はいう。

 目で見るとよくわかるといって、今度は、のりの佃煮でも入っていたのだろうかという ような瓶を2つ持ってきた。言霊の登場である。
 1つの瓶には、「幸福・おいしいご飯ありがとう・感謝します」と書いてあった。もう1 つの瓶には、「ばか・死ね」などという言葉が書かれていた。どちらの瓶の中にも、同じ日 に同じ御飯を半分だけ詰め同じ場所で保管していたという。
 ありがとうと書かれたほうのご飯は、3か月が経過したにもかかわらず、何の変化もなく、 ご飯がはいっているという感じのままである。ところが、ばか・死ねなどという言葉が書 かれたほうのご飯だけが、濃い緑のカビにおおわれ、腐った汁を出していた。同じご飯な のになぜそうなったのか。これが、言葉の持つ力、言霊の仕業だと社長はいう。

 人が良い言葉を使うときには、そのものの良いところを見て、あるいは見ようとする力 が強く働く。これに対して、悪い言葉を使おうとするときには、そのものの悪いところば かりを探そうとする力が働くようである。
 逆に、「ありがとう」など良い言葉を使えば、そのものの良いところが見えるようになり、 人や物に対しても愛情や感謝の気持ちが自然に出てくるのである。
 言霊というものが実在するかどうかは別に議論するとしても、言葉の持つ力には不思議 なものがある。「おいしい」という言葉を使うことは、もしかすると、ものを変える最高の 調味料になるのかもしれない。
(株式会社 北岸労務経営事務所代表取締役)