[特別寄稿]
「読書不精」の子どもたちに伝えたい「本の楽しさ」を
おおいし すすむ

 学習指導要領の改訂や「子どもの読書活動の推進に関する法律」の公布・施行(平成13・12・12)を期に、学校・PTA・地域・家庭に於ける「子どもの読書」に対する関心が、急速に高まりました。

[読書ばなれの背景]
 「朝の読書」のあっと言う間の広まりには、正直に驚かされました。この読書推進の取り組みの急激な展開は、その分「子どもの読書ばなれ・活字ばなれ」の深刻さを象徴していると考えられます。
 私は、1959年に教職に就き、出会った子どもたちの暮らしぶりから、60年代後半から70年代にかけて、読書ばなれの兆しが見られ、80年代には、かなり定着してしまったと見ています。
 この傾向は、学校図書館協議会の読書調査にも表れています。
 一方、児童文学史に目を向けると、60〜70年代は、戦後の児童文学の正に開花期であるから面白いです。
 半世紀たった今、どこの学校図書館の書架にも、すらりと並び、小学国語の教科書の物語文教材として取り上げられている作品の原典の多くは、この期に発表されたものです。
 その作品を世に発表した松谷みよ子・中川梨枝子・今西祐行・斉藤隆介・長崎源之助・岩崎京子・あまんきみこ・いぬいとみこ・今江祥智・神沢利子・灰谷健次郎など枚挙に暇がない作家が輩出しました。

[読書ばなれではなく 読書不精なのではないか]
 優れた作品の発表と本ばなれの兆しが見えた時期が重なることに興味がもたれます。
 子どもは、元来、本が好きです。そして「楽しくなければ読書じゃない」と考えてきましたが、子どもたちは、この「読書」を億劫がるようになりました。その要因については、さまざまありますが、大人が、読書の楽しさを、子どもたちに伝えて来なかったことも、大きいと考えています。
 児童文学史と子どもの文化史を対照してみると、活字を読む読書と比べ、容易で手っとり早く楽しめるメディアーーテレビ・マンガ・ビデオ・ゲームなどの影響が見えてきます。これは、読書ぎらいというより「読書不精」を起こしたと捉えてみてはどうでしょう。

[読み聞かせの有効性]
 「本を開けば楽しい世界」を伝えたいと、教職38年間のほぼ毎日長くて10分、学級の子等に本を読んで聞いてもらってきました。「ながいながいペンギンの話」(いぬいとみこ)や高学年には、ミヒャエル・エンデの「モモ」などなどを。多くの子どもが、それ等の本を手にして、自分で読むから不思議です。退職して9年、読み聞かせ活動を続けています。
(元京都女子大学・同附属小学校)