巻頭言
共 に 高 め 合 う 対 話 の 大 切 さ
前 田 康 一

 「音楽室の鍵を貸してください。」と5校時の終わりに、職員室にAさんが来た。今日は、5校時で終わる日なのにどうして音楽室の鍵がいるのだろうと思いつつも、「そこに鍵があるので持って行って。」と鍵の保管場所を指さして言った。「ありがとう。」と出て行ったAさん。

 しかし、なぜ今頃鍵が必要なのだろうと気になり、廊下に出て、「Aさん。何で音楽室の鍵を借りに来たの。」と尋ねてみた。すると、「音楽室の掃除の終わりの時、窓の間にちょうが入り、出そうとしたんだけどチャイムが鳴ってしまったので、そのままになっていたの。死んでしまったらかわいそうだと思って、5時間目気になってしかたがなかったの。それで、音楽室の鍵を借りに来ました。」と答えが返ってきた。

 「やさしいね。先生も一緒に行ってあげようか。」と言うと、「はい。」と返事が返ってきた。一緒に行くと、確かに音楽室の二重窓の間にちょうがはさまって、ばたばたしていた。窓を開けると、さっと飛び出していった。

 Aさんの優しさに触れ、その日一日がとても爽やかに過ごせた。しかし、一方では、このように対話が成立しないもどかしさを感じる出来事でもあった。

 授業や生活の中で、日々子ども達と対話をしたいと願っている。ところが、なかなか対話は成立しない。私達は、忙しいという鎧に身を包み、子ども達との閑わり、心を動かす感性を麻痺させているようである。ちょっと足を止め、相手に思いをはせる心の余裕を忘れていることが多い。

 昨今、子どもの学びに応じる指導のあり方が問われている。「教えよう」という意識が強い時には、子どもの学びのよさや方向が見えないものである。子どもと教師が対等の人間関係に基づき、教師が確かな自分の考えを持ちつつ、子ども達とともに価値を追求し、よりよいものを創造していこうとする姿勢が望まれるのではないか。今こそ、対話できる教師の能力が、問われていると思う。

 それと同時に、Aさんにも期待されるが、子どもたち自身も、他者の意見に深く耳を傾け、自分の考えをきちんと話せ、対話できる能力・技能を磨いていくことが必要である。

 こうした点から考えると、話す力・聞く力を育てる国語教育の推進は、21世紀を生きる子ども達にとっての喫緊の課題であり、大人にも必要な資質・能力であると考える。
(長浜市立神照小学校教頭)