「詩を書くこと」と相手、目的、評価意識 <前編>
岡 嶋 大 輔

 昨年、12月26日に「新しい国語実践」の研究会の第2分科会「書くこと」で提案する機会をいただいた。
 相手意識や目的意識、評価意識についていろいろな議論がなされる中、それらが「書くこと」全般にわたって意識すべきものとして当てはまるのかどうか。その日頃からの疑問が今回の提案の根底にあった。
 相手や目的を意識して「詩」を書くとはどういうことなのか、「詩」を評価するとはどうすることなのか。それらを追求することで見えてくることがあるのではないかと考えて提案をした。

 本学級、6年生の児童は、日記やその他の作文の中に、少しずつ自分の考えや思いを見せ始めていた。しかし、それらを誰かに向けて表出することにためらいがあることを感じた。本学級の児童が詩的に表現することが好きであるということと、詩ならば考えや思いというものを表現しやすいということを考え、それらを表出する初期の段階として「詩」がふさわしいと判断して、その児童らしい「メッセージ性のある詩」が書けるように単元を横成した。本単元で、日頃からの自分の思いや考えを意識して表出し、身分の思いや考えについて自覚することができればよい。そこから、後々に論を組み立てて表現していくことにつなげられればよいと考えた。

 出口は『六年生からのメッセージ』と題し「低学年編」「中高学年編」「クラスの人編」「大人、人間、その他編」の4つに分けて製本してそれらの人々に配布しよう、ということで示した。4つに分けたのは、相手によって表現や内容が変わってくるからである。

 児童の作品を見ると、友達、家族、自然、人の心についてなど、幅広い内容で深くまで考えているものも多くあり、驚いた。大人向けに書いたものはそのような日頃からの思いや考えがあふれる一方、例えば低学年に向けては、楽しい言葉遊び等、あとの3つは相手に合わせて内容を書くものがほとんどであった。書きたいことがあってそれを誰に読んでもらうといいかなと考える場合と、相手を決めてからどんなことを読んでもらえばいいかなと考える場合とがあったことで、児童も書きやすかったように思う。

 単元の後半に、児童が書いた詩について互いに評価し合う場面を設けた。これについては分村会において話題が集中したので、本実践の考察とともに次に詳しく述べたいと思う。
(甲賀町立佐山小)