授 業 記 録 を 生 か し て 〜竹の会の実践に学ぶ〜
北 島 雅 晴

 プロの将棋の対局は、短くて六十手、長くて二百数手。歩から飛車まで、どれが優れた駒というのではなく、それぞれの特性に応じて活躍する場がある。この対局の流れが、授業の流れと極めて似ている(駒を犠牲にする場面は別にして)。授業記録は、将棋では棋譜となる。棋譜を見て、もう一度盤上に駒を並べることが、将棋が強くなるための有効な方法の一つとなる。

 「竹の会」渋谷晋先生の実践に触れて、ふと将棋のことを思い出したのである。
 テーマは、「自ら追求していく子どもを目指して」。教材は、「海の命」(光村6年)。文学の学習を感動との出会いととらえ、感動がどこから来るものかを追求する学習を展開する。
 ・学習のめあてを子どもとともに作る。
 ・ひとり学習の時間を十分に取る。
 ・一人学習を共同学習に生かす。
という三つの視点からの実践報告であった。
 実践記録が充実しており、それをもとにした研究協議から学ぶことが多かった。ちょうど棋譜をもとに研究を進める感じをもった。

 一人ひとりの発言がきわめて長く、話したいことがはっきりと伝わってきた。子ども同士で質問しあったり、発言が行き詰まったら「後で言います」と言ったり、話し合いの技術も十分に身についた学級である。
「技術としては、与吉じいさんが亡くなった時。」
「大きく分けて、三つに太一の成長がある。」
「自分もうまいと思って天狗になるから。」
 太一の成長について、技術と気持ちと質の違いでとらえた子、三つの段階に分析してとらえた子、成長に欠かせないものを見つけた子等、発言の中身に幅の広さが感じられる。

 さざなみ国語教室においても、授業記録を元に、授業分析を行ったことがある。良い発問の要件、発言をどのように生かすか、発言の裏にあるものは、といった視点から研究を進めたことを覚えている。常に詳しい授業記録をとるということはできないが、子どもの発言を受け止め生かすためにも、授業記録は大切だと改めて感じる機会となった。
 棋士は、今行った対局を一手目から投了場面まで並べることができる。その中で、駒の活用の仕方を振り返る。教師も授業記録を通して授業を再現し反省できるようなプロの技術を身につけたい。
(草津市立草津第二小)