W 氏 と 朝 の た か ら も の
廣 瀬 久 忠

 石部南小学校の子どもたちの朝は早い。子どもたちが三カ所の門から地域毎に集団登校してくる。学校が少し小高い丘の上にあるので、「まさしく登校だなぁ」とは、本校の名物用務員のW氏の弁。
 先日、W氏が休まれた日の朝の出来事。朝の昇降口で子どもたちが口々にW氏の噂をしている。
「Wのおじちゃん、今日はお休みなんやでぇ」と3年生の女の子。「えぇ、おじちゃん休みぃ」と残念がる1年生の男の子。5年生の女の子は、W氏の来ない訳を得意そうにみんなに伝えている。
 昇降口で、子どもたちに「おはよう」を言いながら、私の後ろから聞こえてくるW氏の話題に羨しさすら感じた。学校の中にこれほど子どもたちから大きな支持を得ている大人がいるだろうかと思わず感動してしまう。

 子どもたちがW氏を取り囲んで、話し込んでいる。どの子の顔もあたかも家族と話しているように柔らかなステキな顔をしている。
 廊下でW氏と子どもがねっころがりプロレスごっこをしていることもある。
 仕事中のW氏の押すリヤカーの荷台に子どもが乗っていることもある。猛スピードで蛇行するリヤカーはジェットコースタさながらである。
 W氏は、全校児童の人気者。4月からの私が知るだけでも枚挙にいとまがない。子どもたちはW氏からたくさんの幸せを受けている。

 W氏は、朝私たち職員を季節の音楽で迎えてくださる。今は、初夏の唱歌が流れる。「琵琶湖周航の歌」が流れると私も口ずさんでしまう。8時までには、切られるので早く学校に来る者の特権である。これほどに爽やかな朝の迎え方をしたことがあるだろうかと振り返ってみても思い当たらない。職員室から流れる爽やかで優しい音色は、まさにW氏そのものである。心が解きほぐされていく。

 子どもたちのあいさつの声がすばらしいことは、近隣の小学校でも有名である。W氏の存在と関係がありそうだ。1年生も6年生も男の子も女の子も笑顔満面に「おはようございます」の声が響く。
 いつも元気な声の男の子が今日は元気がない。聞いてみると「今日の給食は、さ・か・な」と深刻そうな声。6年の女の子が下をむいて通り過ぎようとする。呼び止めると「昨日からお母さんが具合が悪くて寝込んでいる」とのこと。
 次の日「お母さんは、どう?」と問いかけると「少しはよくなったけど…」この子とは毎日この会話が続く。
 朝の子どもたちが、見せる顔は教室の顔とかなり違って見える。朝早くだから見せる顔がある。笑顔の子どもを迎え、教室にも5月の爽やかな風が吹き込む早朝の宝物のようなひとときである。
(石部町立石部南小)