ーー東北の被災地を廻って(一回目)ーー
2011年7月19日(山田町、大槌町)、20日(三陸町、陸前高田、南三陸町、25日(相馬市、南相馬市)
今回岩手、宮城、福島の3県の太平洋沿岸の被災地を駆け足で廻って感じたことは?
- あまりにもすさまじい状況であった事。
- ガレキ(自動車を含め)のあまりにも多いのに驚いた。
- 立ち上がろうとする根拠(精神的な支え)さえも津波が押し流してしまっていること。
- 死者、行方不明者(約2万4千人)の多さが、後片付けや、復興を遅らせていること。
- しかし、ごく一部の人々ではあるが、動き出していた。
- むしろこれからが、ボランティアが必要ではないか?。
- 「忘れ去られることが一番悲しい!!」の一言が心の底に残っている事。
一応三陸海岸を宮古から相馬まで幹線道路から外れて、なるべく海寄りの道を見つけて車を走らせて回ったのであるが、
ほとんどの人家や建物は壊滅状態で、悲惨極まりなしだったが、あえてシャッターを切らせてもらった。その中からほんの一部
ではありますが、ここで紹介させていただきます。
*お見せできる被災地の写真ーー
*You-Tubeで被災地の動画を見る!!(3月12日)

ーー東北の被災地を廻って(二回目)ーー
2015年7月29日〜31日(宮城県ー福島県−岩手県ー秋田県)
「立ち入り禁止」の看板
百名山の旅も筑波山で一区切りとなり、4日も余裕があるため色々と考えた末、かねてよりもう一度行ってみたいと思っていたこともあり2回目の東北被災地を回ることにした。今年の5月より6号線が福島の原発事故地も通過可能となっていたので励みにもなった。
*お見せできる被災地の写真(二回目)ーー