足の指の間が痒くなる心意気
2003年2月6日(木)「ランプの灯り」 |
部屋が散らかっている。 今や目も当てられない惨状を呈している部屋。わんこが来るまであと5日。気は焦るがさっぱり捗らない。片づけても片づけてもあとからあとからゴミが湧いてくる。さてもさてもこれだけのモノがどこに隠れていたというのか。 その多くは雑誌の類だが、その山の中からガラスで出来た小さくて華奢なアルコールランプが一つ、ころんと出てきた。数年前旅先でふと目に留まり、前嫁へ土産に買ってきたものだ。まだこんなところに前嫁の名残が……。今更だが、掃除の手はパタ、と止まってしまう。 箱を開けてみる。……ランプは火口のところで無惨にも割れていた。 ・・・・・・・・・・・・・ 前嫁と、まだ一緒に棲み暮らしていた頃。このランプを手渡したその晩に二人で、決して明るいとは言えないが、暖かなその灯りをただ一穂灯して、ささやかな夕食を楽しんだんだっけ。テレビも消して、二人であれこれ喋りながら。食事が終わるのを惜しむように、ゆっくりゆっくり食べては喋り、喋っては食べ。ようやく皿の上のものが無くなったときは、もう日付が変わるほんの少し前だった。 「もう、こんな時間……」 ランプの灯を消す。電灯をつける。二人のほのかな晩餐は終わりを告げた。皿を片づけようとする前嫁の手が、ランプにこつん、と当たった。ころころとテーブルの下に転がり落ちるランプ。 「パリン」 乾いた音を立てて、薄いガラスは割れた。その音を聞いて僕はとても哀しくなった。その残骸を見ることがとても不吉な気がして見ることすら出来なかった。前嫁もそんな僕を見て目に少し哀しい色を浮かべたように見えた。彼女は一人でガラスの破片を拾う。ランプは火口のところが少し割れてるだけだったようだが、もう使い物にはならないことは判っていた。 「捨てよう。もう、使えないよ」 僕は彼女にそう言った。彼女はかすかに肯いたように見えた。 ・・・・・・・・・・・・・ そう。 もう、捨てたとばかり思ってたのに……。 まさか箱に入れておけば直る、と考えたわけではないだろうけども、大切に元のように仕舞われて棚の奥から出てきたランプ。彼女はあの時、いったい何を願って、この思い出を仕舞ったんだろう。 危うくそのまま元の場所に仕舞い込みそうになった右手を、慌ててゴミ箱へと振り下ろす。 「ガチャン!」 箱の中でランプの断末魔が聞こえた。ほんの一瞬、僕の心に灯った思い出の灯りも同時に消えた。 もう、新しい日々がそこまで来てるんだ。これからは同じようにほのかでも、決して消えない灯りを灯し続けていこう。そう独りごちて、もう一度雑誌の山に向かった。 しかし、片づかない。 |