代打ニッキ その2

12月ごろ居酒屋Jokerさんに提供したテキストです
お題は「ラブホテル」でした

「ラブホテルでの恐怖の一夜」


…思えば初めての体験もラブホだった
今から15年近く前…
大阪梅田の漢字の名前のホテル
およそ若者が行くようなとこじゃなかった
酔ってはいたけどあまりいい思い出ではないことははっきり覚えている
それ以来、ラブホテルは極力避けてはいたのだが…






それから何年か後、そのころ付き合っていた彼女と

梅雨のころ、雨の降る夜中にやっとたどり着いたのも、

漢字名前の場末の、

部屋に湿気のにおいの立ち込めるホテル、

否、「宿」だった…


「ひどい雨やったねぇ」

「そうやねぇ」

「大丈夫?濡れてない?」

「うん。私は大丈夫」

「とりあえず、お風呂入れよう」

「うん」


僕はバスルームに行って蛇口をひねった

ひねりながらも丹念にバスルームをチェックする

(うん、これなら二人一緒に浸かれる広さだな)

(ほほう…向こうはガラス張り…彼女を先に入らせても、それはそれで)

(あ?ジェットバス?…あ、残念。壊れてる、か…)

一通り浴室内をぐるりと見渡しベッドルームへ


「コーヒー淹れたよ」

少し緊張している彼女の声


二人で旅行するのは、初めてだものね

それなのに、こんなところにしか見つけられなくって、

こんなところしか連れて来てあげられなくって

ホントにごめんね…

彼女をやさしく抱きしめて、キスをする

キスをしながらも今度は寝室内のチェック

(ほうほう、鏡はあそこと、あそこか…うまく使えば…)

(ベッドは…まあまあ、いい硬さだな)

(照明のスイッチは…あんなところに付いてる…消すのに一回ベッド出ないと…)


目線は室内をさまよいながら右手はいつの間にか彼女のシャツの下へ…

「だめよ。お風呂入ってからぁ!」

身をくねらせて彼女はバスルームへ逃げ込む

僕も彼女を追いかけて笑いながらバスルームへ…


「あれ?」

「ん?どないしたん?」

「お湯…出てないんとちゃう?」

「えっ?!」

見ればもう浴槽に満たされつつあるはずの「お湯」からは

少しも湯気が立っていない…手を触れると、確かに水のまま…

「おかしいなぁ」

蛇口を調べるがこれで間違いないはずだ


「これは壊れてるんちゃうかぁ?」

早速枕元の電話をとりフロント「9」番を回す

トゥルルルルル、トゥルルルルルル…

コールを10回は聞かされたころ、やる気のない声が受話器の向こうから聞こえた

「はい〜。ふろんとぉ」

(なんだここは?このホテルは?)

いやな予感の黒雲が徐々に密度を増して来るのを感じる

「あの、○○○号室ですが、お湯が出ないんですよ」

「ああ〜ん?ちょっと待っとってやぁ」

ガチャン!

なんなんだ?やる気あるのか?!

…ここで怒っても仕方ない

内装もまずまず、調度も整ってるのに、

肝心の気配りが感じられない

その上風呂の調子まで悪い


確かに我慢ならないホテル

だが、ここでプリプリ文句たれて

彼女まで不機嫌にさせてしまうのは非常に愚かしいことだ

つとめて平静を装い彼女の髪に手を触れながら話しかける


「今連絡したからじきに来てくれるよ。そしたらお風呂一緒に入ろうねぇ」

「もーえっちねぇ(笑)」

じゃれあいながら二人でキスをし、ベッドへ横たわる…

彼女の息も徐々に激しさを増してくる

心なしか瞳も潤み頬も紅潮してきているようだ

なんだか、このままでもいいかな

電気消しちゃおうか…キスを続け彼女の服の中に手を滑り込ませた瞬間!



「ガタッガタガタガタッ」



寝室内に異様な物音が!

「な、な、なんだなんだぁ?」

驚いて彼女を引き剥がし立ち上がった

すると、室内に作業員風の男が立っている

(うっひゃぁーーーーー出たか出たか出ましたか!?)

口をパクパクさせるしかできない僕

彼女も足元で驚きと恐怖と恥ずかしさのあまり声を失っているようだ


「あ、あんのぉ〜」

男がぼそぼそと、それでいて取り繕うかのようにあわてて話し出した

…どうやら…人間のようだ…

ほっと安堵したものの、今度はむらむらと怒りがこみ上げてくる

「何や、お前は!どこから入ってきた!?」

「え、あ、あの…」

「何やねん?はっきり喋れ…え?あ…」

男はこちらと同じように驚きで口からなかなか言葉を出せなかったようだった

その代わり指差した男の背後の壁の方向には…






げっ…あんなところに扉が…

気づかなかった

そこには壁面とまったく同じ壁紙のはられたスライド式の扉が、

廊下に向かって大きく開け放たれていた

ますます開いた口が閉まらない

「いえ、あ、あの、こちら様がお急ぎだというので…ついつい慌ててしもうて
いつもの癖でメンテナンス用の入り口から…し、失礼しました」
大約すると、男はだいたいこんなことを言っていたようだった


「と、とにかく、早よ直してください!」

「あ、はい、へぇ」

そう言いながら男はバスルームに消えていく

かわいそうに彼女は布団にもぐりこんでしまっている

慰めてあげたいが、他人が居たんじゃ、なかなかままならない

せめて彼女の手を握りながらテレビでもつけて

…とリモコンに手を伸ばしたが、僕はつい、その手を止めた

…聞こえる…聞こえる…



アッチの部屋からも「あっはんうっふん」

コッチの部屋からも「いやんばっかん」

そして向こうの部屋からも…

どの部屋にもこのフスマに毛が生えた程度の

この部屋と同じような「メンテナンス用入り口」がもれなく付いているんだ…

そら、声も聞こえます。筒抜けです

あっけに取られて二人で「ソノ声」を鑑賞していると

先ほどの男が「あんのぉ…今日はもう直せないです…申し訳ないです」

「ほかに部屋は?」と聞くと「もう満室でだめだ」という


とにかく出て行ってもらいたい一心で早々に男を廊下に追い出す

ウチから扉を閉め鍵をかける

どうせ合鍵があるから入ってこようと思えばさっきのように、

いくらでも入ってこれるのだろうけども



さあ。

どうする?


お湯は出ない

いつ人が入ってくるかもわからない

したら声が丸聞こえ

できるわきゃない

寝ました。もうぐっすり…



その彼女とはその後、秋を迎えることなく別れました

べつにこれが原因だとは思いたくないけども

地方へ行ったときはどうか慎重にホテルを選んでください

漢字のホテル名が悪いってわけではないけど…



Jokerさんのつっこみ
「ねぇ?何でこんなホテルが満室なの?」

たしかに…(苦笑)


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