四節 宗教の二つの極

 三節で「キリスト教の実存とは、〈わたし〉とイエス・キリストとの関係性である。仏教の実存とは〈わたし〉がゴータマ・ブッダと同じあり方になることである」と規定したが、ここにすでに深刻な相違が示され、さらに両教の実定聖典の量 や内容の違い垣間見られることによって、従来の方法では容易に接点が見つからないことが察せられた。

 このことはP・ティリッヒも40年以上前に気づいて、仏教とキリスト教との比較に両極構造を持つ動態的類型学を示唆している13。それをヒントに、比較作業の足場を組むため垂直方向と水平方向に外在化された両教の共通 項と異質項を探って見よう。

まず垂直方向の共通項とは何か。 

 宗教の歴史はおそらく現生人類の歴史と同じくらい古いと思われる。数万年前、大陸のさまざまなところで、異なった人種の人類が生存していた。その人々は狩猟採集生活をしており、自然が豊かな恵みと不気味な脅威を与えていたので、さまざまな偉大な存在物、太陽、月、星、大樹、大石、大山、大河、ライオン、蛇、熊、牛などが人間以上の力のあるものとして畏怖され、神々として崇められていた。そのような宗教性は今も世界中に土着の人々の宗教性として残っている。

 一万年ほど前から麦の栽培が始まり、7500年ほど前にアジアで稲作がはじまった。その穀物が人々の生命をささえたので穀物神や大地母神が崇められた。やがて6000年ほど前に大河流域で灌漑農業が営まれ穀物の蓄積が可能になったとき、牧畜民を含めた人口の集中や貧富の差が生まれ、青銅器などの武器を使った強者が権力を握って都市国家文明が起こった。そこでの宗教は王権の絶対化と結び付くような自然神崇拝であった。 4500年ほど前から騎馬民族をはじめとする牧畜民らの移動がユーラシア大陸で起こり、馬、鉄器などを持った戦さに強い民族が他の人々を征服して民族国家を形成していった。

  その後に文字が発達して伝播され、それを使って最初に征服民族の宗教伝承が神話や歴史として書かれた。民族宗教と呼べるような征服民の宗教である。すなわち、ペルシャのアフラ・マズダ、エジプトのラーなどが崇拝され、オデッセイアなどに見られるギリシャ宗教やパレスチナにおけるモーセ五書を核とするユダヤ教、インドにおけるヴェーダを中心としたバラモン教などである。インド、ギリシャ、イランの宗教がコーカサスに原住していたアリアン民族の宗教として同一源泉を持つことは注目してよいだろう。いっぽう、中国の古い宗教は『詩経』、『書経』、『礼記』に説かれるというが、書かれたのはいづれも春秋と漢の時代であり、それ以前にどんなものであったかははっきりしない。

  そして2500年から2000年前は、いわゆる枢軸時代、画期的時代である。この時代の特徴を、自然の支配からの人類の独立とか、余暇による文化創造の自由に求める見方は支配者、すなわち歴史を書いた階級の側に立ったものであり、皮相である。 この時代は6000年前に始まった都市文明が、やがて周辺世界を制覇しようとしていた。つまり武力的強者が貨幣経済の発達によって経済的強者ともなっていく時代であり、貧富の差は拡大し、植民都市が作られ、さまざまな階級が生まれた。

 もっとも低い階級は狩猟、採集を生業とする人々で、支配者の宗教が浄穢観念を立てて彼等を社会的に差別 した。農民は都市の富裕者や貴族にとってなくてはならないものであったから、半奴隷の状態に置かれた。つまり大多数の民衆にとって生きることがますます苦であるような時代になったのである。一人の幸福が他者の不幸によって成り立つような矛盾した社会の中で、自らが生い立った支配宗教を批判して、この都市文明社会の中で人間がいかに生きるべきかを教えた人々が四聖といわれるゴータマ、ソクラテス、孔子、イエスであり、その周辺の宗教者・思想家たちである。(ちなみにゴータマの宗教をを森林の宗教、自然の宗教と見るのは大きな誤解である。ゴータマは自然との調和などまったく説いていない。行乞するため都市に密接する林などを中心に生活したのである。)

  これら紀元前後に起こった思想・宗教のなかで現代まで民族を越えて強い影響を与えているのが、仏教・キリスト教・儒教(と老荘思想)・イスラム教である。それ以降の二千年間に偉大な宗教者が多く輩出したが、かれらはみなこれらの宗教の改革者であって、これらを超える宗教は起こらなかったと言ってよい。

 次に水平方向に異質面 を見てみたい。

 インドでは仏教が東インドに起り、マウリヤ帝国によって四方に広がった。キリスト教はパレスチナから四方に広がったのだが、ヨーロッパではローマ帝国が起り、中国では孔子、老子の後に秦、漢の帝国が成立する(少し遅れてムハンマドの出たアラブでアラビア帝国)。民族宗教の矛盾を批判して民族を超えるものであった彼等の宗教が、民族を超えた帝国の統合のための宗教となったのはまことに皮肉なことである。彼らは国家、あるいは部族社会に対峙する異質な共同体を志向したはずなのに、その共同体は帝国に飲み込まれていった。

 ところで、これらの宗教には地理的に奇妙な偏向現象が伺える。

 仏教では、アショカ王(紀元前二世紀)が西に派遣した伝道団は、シリア・マケドニア・ペルシャでは成果 を挙げ得なかった。それで仏教は、結局のところ東半分に、すなわち北はガンダーラからアフガニスタン、西域、中国そしてチベットに、東南アジアではスリランカ、ビルマ、タイを中心とするモンスーン文化圏に広まった。

 一方、キリスト教は、早くに南インドに伝道され、ネストリウス派のキリスト教はメソポタミアから西域を通 って中国にまで伝えられた。だが、東では一度も大きな勢力にはなり得ず、西半分の方で力が強くなり、ローマ帝国、ビザンティン帝国そしてヨーロッパ、ロシアへと広まった。

 やがてインドとパレスチナの中間地点、かつてゾロアスター教など広まった地域にイスラム教が進出したので、両教はあまり接触をもたずに異なった文化圏を形成してきた。

  この両教の地理的分布は、偶然とばかりはいえない。アジアの精神風土にはシンクレティズム的な万教帰一の趣きがあり、それは自らの宗教を唯一絶対とはせず、すべて等しく無上の完成の途上だと考える傾向を持つ。しかも宗教的真理は言語を超越していると考えられ、そのことが近接宗教との違いをはっきりさせることをさらに難しくして、習合あるいは重層的宗教になる傾向がある。

 一方、アラブ圏を含めて西側では、宗教が自らの唯一絶対性を主張する傾向がある。したがって宗教的真理は普遍性をもち、全世界を統べる絶対者を仰ぐ場合が大部分である。この水平方向の精神風土の違いによって、宗教の二極分化の観念類型が次のように導出される。

一つは西側宗教としてユダヤ教、キリスト教、イスラム教、(ゾロアスター教)を含む極であり、その特徴を次のように指摘できる。

1)究極的実在   唯一神   アブラハムの神として同一

2)指導者     真理中保者   (モーセ、イエス、ムハンマド)

3)実在との接点  *(神の選民、イエス・キリストとの関係、クルアーンへの信)

4)接点の伝達   啓示書   (旧約書 新約書  クルアーン)

5)救済手段    信と隣人愛の戒め   (律法 イエスの戒め 五行)

6)典礼      入信と会食   (割礼と過越、洗礼と聖餐、断食明け祭礼)

7)時理解     唯一神による創造と終末審判(線分)   未来方向への超越

8)世俗との関係  世俗内共同体  (選民、教会、ウンマ)

9)死の克服    復活

10)究極的至福  死後、天国での永遠の生命

 もう一つは東側宗教としてヒンドゥー教、ジャイナ教、仏教、老荘思想を含む極である。

1)究極的実在   言語超越   (アドヴァイタ 空  道)

2)指導者     真理具現者   (聖仙  覚者  至人)

3)実在との接点  行による覚醒  (梵我一如  涅槃  無為)

4)接点の伝達   言詮超越   師嗣相承の行

5)救済手段    瞑想(ヨーガ 禅思 坐忘)と禁欲的戒め

6)典礼     (受戒・ウポーサタ、)

7)時理解     無始無終(輪廻)   過去への超越(父母未生以前 復帰)

8)世俗との関係  隠遁 脱共同体

9)死の克服    時空世界からの精神の解放  (解脱 涅槃 不老不死)

10)究極的至福 今ここでの安楽   (梵住 三昧 恍惚)

 これらは実定宗教そのものではなく観念的類型に過ぎず、現実には様々な形態を含む。とりわけヒンドゥー教は、ヴィシュヌ派は唯一神ヴィシュヌ、神の化身クリシュナへの信仰を主として成り立ち、ヨーガ派やシヴァ派では冥想の行が主となっていて全体としては両方の類型を含む。

 今、この作業仮説としての二類型をX型宗教、O型宗教と呼ぼう。

  さて、両型はまったく異質な宗教類型であるが、後述するように同時代に世界を二分して異質な宗教形態が存在してきたという事実は注目されなくてはならない。だが諸宗教比較の学者達は、この二極性にあまり気づいていないように見える。

 J・ヒックがコペルニクス的転回だという神中心主義はキリスト教・イスラム教・ユダヤ教とヒンドゥー教の中でも一神教の要素が強いヴィシュヌ派と、完全な一神教であるシーク教に言及しているだけなので、X型宗教の共通 特性を言っているにすぎない面がある。逆に、H・キュンク(Hans Kung)は宗教の類型として一神教、仏教、道教と三類型に分けているが、それは後の二者の共通 項に気づいていないからである。14 しかし、だからといって類型を比較しても、仏教とキリスト教を比較したことにはならない。

 ところがティリッヒは二極構造の提唱について、「二宗教間における対話の決定的ポイントは類型学的諸要素の歴史上に規定された、偶発的な具体的形態ではなくして、これら諸要素そのものであります」15と指摘して、観念的類型の要素こそが大事であると転倒した方向を示した。その路線ゆえ今までの仏教とキリスト教の比較、とりわけ宗教哲学による比較は、しばしばこの類型の特徴の一つをその宗教そのものと取り違えて、その優劣・正邪・真偽が論じられてきた。

 たとえば「空」が「唯一神」を超えているから優れているとか、ゴータマ・ブッダは人間に過ぎないが、イエス・キリストは神であり人であるから絶対的であるとか、聖書は神話であるが、仏教は理性的であり現代にふさわしいとか、相互に一方的な主張がなされてきた。

  ここで認めなければならないことは宗教には少なくとも二つの絶対、二つの規範、二つの真理、二つの正、二つの優がありうるという二極構造である(二極以上ありえるが、ここでは仏教とキリスト教の比較なので二極に限定する)。この二類型はおそらく対立するのではなく相補的なものであろう。たとえばそれは粒子にその反粒子が互いに相補的であり、光が粒子のようにも波動のようにも観測されるのに似ている。あるいは様々なものが雌雄、陰陽、プラスマイナスなど、一対構造をなしているのにも類比されよう。

 いや、もっと次元が異なっているともいえる。カトリックのトーマス・マートンは「キリスト教と禅を並べて比較することなどとてもできない相談である。それはあたかも数学とテニスを比較してみようとするようなものであろう」16といっており、、あるいはヤスパースは「われわれが仏陀の説いた真理に根本から関与するようになるには、われわれの現在のあり方がまったく変わることが必要であろう。この相違は理論上の立場の相違ではなく、生のあり方そのもの、思惟方法そのものの相違なのである」という。この根本的違いの認識こそ大事なのであって、二極をつき合わせても比較にはならない。

  この二極構造という足場が意味を持つには、そこに垂直方向(歴史的関わり)という別 のベクトルを入れなければならない。それによって、O型宗教の中での仏教の特殊性と、X型宗教の中でのキリスト教の特殊性を雕琢することができるようになるのである。 つまり、同じO型宗教の中で、仏教はそれ以前のバラモン教やそれ以降のヒンドゥー教とどう違うのか、中国の仏教は儒教や道教とどう違うのかが、明らかになりうるのである。

 これは自明なことのように見えて実は大変な作業である。精神風土の問題は非常に大きい。O型の習合的精神風土のため、仏教は、インドではヒンドゥー教に飲み込まれて消滅してしまい、中国では三教一致に行き着き、日本では土着習俗である祖先崇拝の儀礼へと換骨奪胎された。イスラム教もインドネシアでは他の宗教と習合している。

 O型の仏教が明確にしなければならないのは、隣接宗教との明確な相違点であるが、仏教では聖典がその都度増広されてきたため、仏教とは異質な土着の思想が新作聖典に混入することはほとんど避けられない。しかし仏教といえども他の思想との違いを明白にするため、教えが説かれたのであろう。(もっとも、テーラヴァーダの論書であるアビダルマでは、他の宗教の概念を借用してでも自らの説における整合性、体系的理解が求められたのだといえよう。さらに大乗の論書は主として小乗の見解に対する論駁書として書かれ、さらに中国・日本では大乗の中で自らの立場を明確にするため書かれる場合が多かった。その際にどの思想用語を使うかはあまり問題とされなかったため、思想の混交もやむをえないものとなった。)

  今、仏教学の問題は、大乗仏教のさまざまな主張が、はたしてゴータマの説いた真理と等価値であるかどうか、異教の教えになっていはしないかという問題である。仏教が何であるかということがもはや簡単な像を結びえなくなったのである。したがってある意味では仏教学の問題と同じレベルで、仏教とキリスト教の比較においても仏教が他のO型宗教といかに違うかを明らかにしていかなくてはならない。仏教の歴史的発展の中で何が本当の仏教であるかを明らかにするのはかなり難しい作業となる。

  同じようにX型宗教でありながらユダヤ教とキリスト教はどう違うのか、あるいはイスラム教とキリスト教はどう違うのかも明確にされなければならないが、その際に留意するべきX型という精神風土は、O型の場合とはまったく違った留意が必要になってくる。

 キリスト教とイスラム教はX型宗教の内にあって、神学的にも教団の歴史においても、他のX型宗教との違い(キリスト教にとってはユダヤ教、イスラム教にとってはユダヤ教とキリスト教)が強調されてきた。キリスト教では特に排他的にそれを強調することによって神学を形成してきたといってよい。

 J・ヒックはアドナイ、ゴッド、アッラーなど名は異なっても実は同じ唯一の神だと主張するが、それは当然のことで、同じ「アブラハムの神」を異なる言語で言ったに過ぎない。二極類型でも明らかなようにX型は究極的実在、世界観、救済観が同じである。ただ実在との接点に関してそれぞれ特有の主張があるわけである。

 しかし、X型の排他的精神風土では、同じキリスト教であっても、同じイスラム教同士であっても、宗派の違いで血みどろの戦争さえ引き起こしてきた。相互の教理的違いをあまりにも強調しすぎたのである。しかもその教義の多くのものは後世に作られたものである。同じ宗教内でそうであるから、ましてキリスト教・ユダヤ教・イスラム教の相互の排他的争いは現代までも続いているように非常に根深い。

 したがってキリスト教は、隣接宗教との類似点を明確にした上で、その独自性と意義を歴史的な反省という視点をもって明らかにすべきであろう。 キリスト教の絶対性の表現を自己批判する人々は、例えば三位一体論を再検討したり、処女降誕、復活といった信条がキリスト教固有のものではないことを立証したり、あるいは典礼が救済財ではないことを明らかにして、従来の「絶対性」の誤謬を撤回しようとしている。しかし、このような立場は一歩誤ればキリスト教固有の核を見失う恐れが多い。

  むしろ、イエスの言行から、いかにキリスト教が形成され、それがいかにイエスの教えと生きざまから乖離してきたかということを、X型という類型を手がかりに歴史的社会的に比較して究明することが重要であると思われる。すでに第一節で明らかにしたように、キリスト教の外部からはすでに十分な批判が出ているのであるが、それを内部で徹底して検証する必要がある。

  ところで、仏教・キリスト教どちらにも、歴史的に大きな宗教改革があった。垂直方向を横切るもう一つの断面 である。宗教改革と教団分裂は異なる概念であるが、二つの宗教の宗教改革は共にその時代の政治的経済的軍事的支配者の宗教となったことへの批判を含んでいるという点で、共通 している。また宗教改革はその宗教固有の難点と核心を照らし出すと見ることができるので、その点についての比較もできよう。

 以上のところまでは、仏教とキリスト教がそれぞれ何であるかを明らかにする作業にすぎず、いまだ両者を比較することには及んでいない。

 仏教とキリスト教を宗教として、すなわちわたしの実存的な問題として比較するためにはもう一つ媒介項が必要である。それゆえ、こんどは外在的な宗教からではなく、〈わたし〉の事柄として、救いを求める人間の心情からの可能的答えとしての二類型を考えてみたい。

  宗教とは〈わたし〉が現に生きている日々の具体的あり方に深く関わる。人間の具体的あり方は決して完全に満足される安定した静穏なものではなく、内的葛藤と外的諸力によって制約されており、限界と矛盾に満ちている。

 肉体的・精神的・物質的な苦しみは、農耕文明と都市文明が重層化して存在してきたこの二千年ほどの時代においては、狩猟採集文化におけるような自然からの直接的な脅威というよりは、制度化された脅威である。

 換言すれば、苦しみが自覚されるのは、主として他者との関係性、比較という社会的文脈においてである。まったく個人的だと思われる肉体的苦しみでさえも、支配者の労働搾取に起因することであったり、経済的不平等のゆえに貧しいものに医者や薬が恵まれず、癒されないという 苦しみであり、さらに病気に対する宗教的不浄観が肉体の直接的痛みにもまして人を苦しめる。

 物質的(食べ物、着物、住居など)苦しみは、生命維持線以上のところでは他者との比較による苦しみとさえいえる。精神的苦しみも、ほとんどが他者との人間関係による苦しみであり、ときには関係性が喪失されているという事態において疎外感や無意味性として苦しみが刻印される。死もたぶんに直接的肉体の苦しみよりも、人間関係の永続的喪失としての苦しみなのである。すなわち苦しみは他者との関係性において、自己にとっての苦しみである。苦しみは一般 化されない〈わたし〉の苦しみであり、ひとつの実存的秘密である。 人は常に慣れという、もの悲しい衣裳の下に、なんらかの苦しみをひきずっているのであるが、〈わたし〉にとっての苦しみは、〈わたし〉にとってのある限界点を持っている。苦しみは日々のありさまに根差すがゆえに、その持続性のゆえに極限に至ると、制御不能な内的関係性の破壊ともいえる狂気や、自主的外的関係性の破壊である自他の殺傷となって結晶する。宗教は究極的には〈わたし〉のこれらの破綻に対峙する救いとして答えとなる。

  さて、苦しみは他者との関係性における苦しみであるがゆえ、それとは別 の、人間を超える他者との関係性によって克服し得る。ここで苦しみは優越的他者への帰依、祈祷、祈願などを介して、その他者からの癒し、慰め、安らぎにおいて超克される。この他者に対し、人間は主に受動的他律的である。さらに人は暗黙の内に人生の意味と価値、実存理解を他者との関係性において把握しているが、人間を超えた、人間より勝った他者との関係は、従来の人間関係の意味と価値とを凌駕する新たな意味と価値とを付与する。このような他者との関係性による苦しみの超克、あり方の根本的変革は、絶対優越的他者を信じるという点で、また優越的他者との関係性が新たに人々との関係性を切り開き共同体を形成するという点で、X型宗教に呼応する。それゆえこのような宗教心情をx型心情と名づけよう。

 ところが、苦しみは関係性における苦しみであるのだが、まさにそれだからこそ、〈わたし〉にとっての苦しみでもある。それゆえにそれは〈わたし〉によって、自律的力において凌駕し得る。苦しみの原因を自覚的に知り、行によってその原因を取り除くことにより、覚り、明め、静まりとして超克し得る。この目覚めにおいて人間は能動的自律的である。また暗黙裡の人生の意味と価値は、覚醒によって、まったく新たな意味と価値に変えられる。このような〈わたし〉のあり方は、自ら目覚め知るという点で、また個人の能力に大きくかかわり、共同体形成の契機が少ないという点でO型宗教一般 に通じる。それゆえこの宗教心情をo型心情と名づけよう。

  ところでx型o型というのは、地理的に限定されない人間の一般 的心情・性向の型である。近代以前、宗教はたいていは、地域において一つに限定されていたので、その一つの宗教的伝統の中にあっても、それを受容する人はx型であったり、o型であったりすることがある。x型の人はO型宗教の中にいても、やはりX型の宗教的救済でなければ究極的な安堵を見い出し難い。o型の人は、X型の宗教に出会っても自らの力で救済の確かさを得ようとする。

 そのために、X型宗教であるキリスト教の中にO型といえるような哲学的神学や修道院生活や神祕主義が存在してきたといえるし、O型宗教である仏教の中に、仏を絶対他者として崇拝したり、その他者的仏の力に頼って、その仏のいる淨土へ死後に生まれるという淨土教などが存在してきたのであろう。

  この一つの宗教の内部における多様性(X、O)を、陰陽二極を持つ大極図(図3)によって説明してみたい。二極は陽をx型,陰をo型としよう。大きな円の真ん中に縦線を引いて、陽より左半分がX型宗教、陰より右半分がO型宗教となる。陽極を含む大円の下を回る曲玉 がキリスト教、陰極を含む上を回る曲玉が仏教として説明できるだろう。

  キリスト教の中のx型とは、曲玉 の左側四分の三を占める主流であって、例えば福音書記者マルコやパウロ、ルター、バルトなどの思想である。キリスト教の中のo型は右下にある曲玉 の残り四分の一でO型の領域にある。それは、例えばヨハネ福音書、グノーシス、ディオニシオス・アレオパギータ、エックハルト、クエーカーや理神論の人々など神秘的主知主義の流れである。

 仏教の中のo型は曲玉 の右四分の三を占める主流であり、パーリ経典の出家の弟子への説教、テーラヴァーダの比丘たち、般 若経典、中観派のナーガルジュナ、唯識派のヴァシュバンドー、禅宗の人々などである。仏教の中のx型はゴータマの在家への説教、浄土経典、法華経や善導・信行・法然・親鸞などの浄土教流れの人々である。

  つまり両教の中にそれぞれx型o型が存在するので、両教のx型同士、o型同士であれば比較することが可能であるし、すでになされてきた有意味な仏教とキリスト教の比較の多くが、そういう組合わせである。 具体的に言えば、キリスト教主流と浄土思想や法華経思想との比較とか、仏教主流とくに禅宗とキリスト教神秘主義の比較などである。

 その際の組み合わせはいくらでも多様でありうる。例えば、仏教x型の親鸞とはキリスト教x型の誰とでも比較は容易である。そのような個別 の比較の積み重ねが仏教とキリスト教の比較の内実となるほかないと思われる。もっとも文献が残されている人は限定されているので、おびただしい数の組み合わせができるというわけではない。その誰を選ぶかということは、問う〈わたし〉の問題意識にかかってくる。ただ忘れられてはならないのは、それぞれの人がキリスト教・仏教の歴史的社会的流れの中でどのように位 置づけられるか、という座標の明確な設置である。その比較の結果は選ぶ人物(文献)によっても、文献の解釈によっても違ってくるだろうが、その座標によって他の比較作業との関係を考慮することができる。

  したがって、問いとしての比較作業は〈わたし〉の実存的営みとなる。それはひとりの人間の具体的苦悩にとって、いかなる救済が真実なものとなりうるかという実存の問でもありえよう。 ここで再び宗教とは〈わたし〉に関わることであるという基点に立ちかえってくる。

 キリスト教の実存とは〈わたし〉とイエス・キリストとの関係性である。そこではやはりイエスがいかなる人であり、何を語りどう行動したか、そしてそのイエスがわたしにとっていかなる意味を持つのかが、大きな問題となる。

  仏教の実存とは、〈わたし〉がゴータマ・ブッダと同じあり方になることである。実存への接近方法は言葉を聞くことによってではなく、みずから覚るべく行ずることが必要である。すでにアプローチの方法が異なる。そこで文献的研究は、このような接近の一助となるにすぎまい。

 

(注)序論の通し番号

13 P・ティリッヒ『キリスト教徒仏教徒・対話』(丁野政之助訳、桜楓社、1967)60頁

14 キュンク

15 P・ティリッヒ 前掲書、61頁

16 トーマス・マートン『禅とキリスト教』(エンデルレ書店、1969)158頁

17 カール・ヤスパース『仏陀と龍樹』54頁(理想社、1960)