白い指をもつ神

太古、わたしたち人間が存在するずっと以前、この地は「しろゆびの神」という方がおさめておられた。
この神は、「その手で触れたものすべてを白くしてしまう」という特殊な力を、そなえておられたので、この地はいつも、根雪におおわれたような、さびしさが、ただよっていた。
しかし、しろゆびの神は心あたたかな神だったので、この地を「光あふれる地」にしたいといつも願っていたのだが、自身のもつ特殊な力のため、その願いをかなえることは、できなかった。
しかし、神はこの美しい「真白」の国を心から愛しておられた。


ある日、空の高いところから、ふわふわと白い綿毛が落ちてきた。何かの種であろうその綿毛は、海辺の白い岩場にすとっと落ち、柔らかなわずかな砂地に擁かれた。
時は移り、種は静かに地中に根をはり、日の光を求めて地上に頭をもたげ芽をだした。
静かなこの海辺の岩場で芽は双葉となり、茎を伸ばし葉を茂らせた。そうして、幾日か後には、白い空のわずかな太陽を探すようにやわらかな蕾をつけた。


この地で起こることのすべては、しろゆびの神の知るところであったが、この岩場のできごとは、なぜか、お気づきになっておられなかった。そのため、岩場に生まれた小さな命の葉は鮮やかな緑に茂り、蕾はやさしい、薄桃色の花を咲かせた。
白い大地にそこだけがあらゆる光をあつめたかのように、その花は色づき輝いていた。


その花が咲いた朝のこと。めざめられた神は、はるかかなたに、美しい光を感じられた。
 

「はて、あの美しい光はなんだろうか、私の国にあのようなものがあったろうか?」

そうおっしゃると、ヒュウと呪文を唱えられ,白い岩場へひとっとびに空を翔けられた。やわらかく、あざやかに光が放たれるのを頼りに、我が国を翔け、光の源である岩場に降りられた神は鮮やかに咲く花をみつけられた。
神があこがれていた「鮮やかな色」がそこにあった。

「おお、この花の彩りのあでやかなこと・・わたしの国にようこそ来ておくれだね。いつまでもそこで、さきつづけておくれ。」

優しい声でそういわれ、愛おしさのあまり、おもわず、その胸に花をいだかれた。
嗚呼、そのとたん、神の胸の中でその花は花びらも茎も葉も雪の如く白くかわってしまったのである。その様は、まるで、音を立てて凍りつくかのようであった。

神はしぼるような低い声でいわれた。

「やはりわたしは、すべてのものから、いろどりをうばうのか・・・。いやしかし、わたしはこの国の白きものすべてをあいしているぞ。しかし花よ。おまえだけは、もとどおりにもどしてやらねば・・」

優しい神に似合わぬ堅くむすばれた唇からは強い決意の言葉が零れ、涙が零れる瞳には、強い意思の光が湛えられていた。
ヒュウと新たに呪文を唱えると、神は天上へとまっすぐ昇っていかれた。


「あの太陽の中に美しい、いろどりの源がきっとあるのだ。」

近づくほど眩しく目の眩む太陽に向かい天翔けながら神はそう呟いた。神の目からは涙が、額や体からは汗が流れ落ちていた。 灼熱の光が神の身体を業火であぶり、その光に照らされ、神の白い体はキラキラとかがやき汗や涙が光の滴となって、白い国へふりそそいだ。神はどんなことをしても、いろどりの源をつかむつもりだった。
 いよいよ、太陽に近づき、その核心に手を伸ばし、その手でつかまれた瞬間、激しい激痛が神の五感を四肢を貫いたが、なんとしても、つかんだその手ははなすまい・・・そう心に念じたものの、神は力尽き、地へと落下してしまわれた。きらきらと光の滴をふらせながら、ほうき星のように、その身を焼かれながら・・・・


神が地上に落ちてこられた場所はあの白い岩場だった
堅く握られた手のひらにはたくさんの桃色のはなびらが握られており、神はそこで、静かに息をひきとられ、その姿を白い泉にかえられた。

神が降らせた光の滴は今や国中ふりそそぎ、国のすみずみまでも、鮮やかに色づかせた。
花は鮮やかに咲き誇り,木々は緑をたたえ、海や空も命あふれる青に染まった。
その時より、この地は美しい彩りの世界となったという。


 ところが、この地にたった一つ白いままのこったものがあった。神が、そのいろどりを愛でた薄桃の花である。
その花は白い泉のほとりで、白い神に擁かれた思いをわすれまいとするかのようにいつまでも真白のままで、咲きつづけたという。

       

白い指をもつ神 了


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