ブタになったお姫さま


むかしむかし、みどりいろの風吹くうつくしい国に、それはそれは、美しくのびやかなお姫様がおりました。
緑色の静かな王宮に、勇敢な父君と優しい母君とたくさんの家臣とともに、ポアン姫は暮らしていました。

ポアン姫は、父君からは緑色の瞳を、母君からは、姿と同じくらい美しいく優しい心を受け継いでおりました。
そのうえ、姫には不思議な力がありました。姫が歌に願いを込め、風に乗せて歌えば、どんな望みも叶うのです。

♪♪おお、小麦よ、おおくみのれよ。
喜びごとよ、泉のようにふきだせえ、わきだせえ。♪♪

姫はこのように毎朝、王宮の高い塔にのぼり、国の民の幸せの歌や実りの歌などを、のびのびとうたいあげておりました。

この国の身分の高い女の人たちはみんな髪をきれいに結い上げているのですがポアン姫は、気にしないわといったふうに、いつも金色の長い髪を風にまかせてうたうのでした。

手を大きく広げ、ゆっくりと全身をも風にたなびくように。
そしてこのときばかりはと、内緒で裸足でステップをふむのです。

「ポアン姫ってほんと『お姫様』らしくないなっ」

傍らに控える少年ミンは、いつもニコニコしてみておりました。

今日も風に乗って、姫の歌声は、国中にひびきわたるのでした。

「やや、姫様の歌が聞こえるよ。今年もおかげで豊作まちがいなしだ。」
「何と、のんびりとしたよいお声だ。姫様の歌声を聞くと、楽しくなってくるなあ。」
「美しい姫様、お優しい姫様、姫様の歌はわたしらの宝だよ。」

この国には、いつも喜びが、笑いがあふれていました。
国の民は、いつしか、姫を歌姫・ポアンとよぶようになりました。


空が,ぬけるように高いその日、歌姫は13歳の誕生日をむかえました。
王宮では、盛大な祝いのパ−ティ−が開かれました。
真珠色のドレスを着たポアン姫が現れると、いっせいに歓声があがりました。
ポアン姫は、いつもとかわらないニコニコした笑顔でチョコンとおじぎをしました。

「ポアン姫に祝福の捧げ物を!」

父王の声に、知恵の塔の一番の賢者が姫の前に歩み出て捧げ物をかかげました。
知恵の塔とは、国中のたくさんの賢者達が、魔法や秘薬の研究をしているところでした。

「我らの愛する歌姫ポアンに『ハチドリの羽根飾り』をささげましょう。姫様の歌声がいまよりさらに遠くまで響き渡るでしょう。」

ポアン姫は身をかがめ、賢者が羽飾りを姫の髪にさしました。

「ありがとう。賢者様。ポアンはとっても幸せですわ。これからも、皆の望みと幸せを歌っていきますね。」

ポアン姫がゆっくりとお礼の言葉をいったそのとき、真っ黒なマントに身を包んだ男がすばやく姫の前に飛び出してきました。

「歌姫ポアンよ、我の捧げ物もうけとるがよい。」

そういって、シュっと黒く光る細長い羽根で歌姫の頭からつま先までをなでおろしました

「きゃああ」

とたんに、あたりいちめん、黒い煙りに包まれました。

「姫!ポアンよ、どうしたのだっ。ああだれか、あのものを捕らえろ」

父王が叫びました。

男は、黒い煙の中で翼のはえた醜い黒い魔物に変わっていました。

「幸せの歌姫よ、もう、そのようなぶざまな姿では、歌えまい。だれもおまえの歌など聞きはしないわ!ハハハ・・・」

そういいすてると、醜い羽根をはばたかせて、飛び去ってしまいました。

黒い煙が解けると、ポアン姫が正気を失い床に横たわっておりました。
ただ、その姿は、以前の美しい姫ではありませんでした。
歌姫の姿はブタに変わってしまったのでした。

あんなにも、美しかったポアン姫が、ブタの顔になってしまったとは。うつくしい、手足の、とがったひずめが痛々しくみえます。

ああなんということでしょう。

父王は、ポアン姫をだきしめいいました。

「かわいい姫よ、私がどんなことをしても呪いを解き元の美しい姿に戻してやるからな」

母君は、あまりのことに髪をふりみだしてポアン姫の名を呼び続けました。

「ポアン、わたしのポアン目を開けてちょうだい」
「姫様、姫様、どうか目を覚ましてください」

ミンも声の限りに叫びました。

広間は、悲しみと黒い魔物への憎しみにつつまれていました。

ただおろおろするばかりの大臣達や、床に伏して泣く女官達、天を仰いでなげく学者達、剣をぬき、黒い魔物の行方を追っていった騎士や兵隊達。
幸せの緑色した王宮は、絶望のどん底に落ちてしまいました。

ポアン姫は、父王の腕の中で気が付きました。姫には最初は何が起こったか分かりませんでした。でも皆の騒ぎをみるうち
「ああわたし、ブタになってしまったのね」と、だんだんわかってきました。
頬に手をあて、自分の顔をなで、ほうっとため息をつきました。

「ポアンよ、心配するでない。我が国の民よ、落ち着くのだ。そして、皆の知恵を集めるのだ」

王の大きな一言で皆、はっと我に返りました知恵の塔の長老が歩みでていいました。

「王様、我ら、知恵の塔の者全員、歌姫様ため、全力を尽しますぞ。」
「うむ、今日より、この広間を研究の間として、一刻も早く呪いを解く方法を見つけるのだ。そして、国中におふれをだすのだ。姫を治した者には褒美をとらすと。何千枚でも国中にはりめぐらせ」

それからというもの、毎日たくさんの賢者が広間で必死に研究を続けました。国中からポアン姫を治そうとぞくぞくと人々が集まりました。数千冊の魔術の本がつみあげられ、たくさんの大ナベで、ボコボコと薬草がせんじられていました。

ありとあらゆる薬がつくられ、たくさんの呪文があみだされました。しかし、どれひとつとして、ポアン姫を元の姿に戻すことはできませんでした。何百の朝が過ぎ、何百の夜が行きました。王や賢者達は、つかれきり、あせりはじめてきました。


しかし、呪いの魔術も歌姫の緑の瞳と美しい声、かろやかな身のこなしを奪うことはできなかったのでした。

ポアン姫の不思議な歌声の力は、ブタの姿になってもかわりがありませんでした。
歌姫は、ブタの姿になっても毎朝ミンと塔に上り、すらりと立ち上がると、いつものように、のびのびと歌い続けていました。
髪をかぜになびかせ、裸足でゆるやかにステップをふみながら。

13歳の祝いにもらった『ハチドリのはねかざり』を髪にさし、歌声は、より、一層遠くまでひびきわたったのです。

ある朝、幸せの歌を歌いおえたポアン姫は、ミンにいいました。

「ミン、今日は、みんなにないしょでちょっと、遠くまで行ってみない。最近全然城の外に出ていないのですもの。」

王宮では、今日も研究がつづいていました。皆が、おおいそがしで、ポアン姫のための研究を続けているのです。

ポアン姫とミンは、こっそり、城の外へでました。
さわやかな、秋の風が、ふたりをなでていきます。
ポアン姫は、よっぽどうれしかったのでしょう、おどるようにかろやかに、かけだしました。ミンもいっしょにかけだしました。

「姫様〜、いったいどこまでいかれるんですかあ〜」
「息が続くまでよ。さあ、早く」

二人は、風とダンスをするようにどこまでも、どこまでも、かけていきました。

お日様が真上にくるころ、ふたりは、海辺のまきばにつきました。

「とうちゃ〜く。」

ポアン姫はそういって、ど〜んと、草の上にねころがり、きゃっきゃっところがりはじめました。

「姫様、ドレス、ドレスが、よごれちゃいますよお。」
「いいのよ、ミン。いちどやってみたかったんだから、いっしょにどう?たのしいわよ」

ふたりは、いい匂いのする草の上でおもいっきりころがり、おおきなこえをだして、わらい、あそびました。
ポアン姫は、本当に楽しそうでしたのでミンは、黙ってお城をぬけだしたけれど、よかったなとおもいました。
ポアン姫は、どこからか、真っ赤な木の実をたくさん摘んできました。

「ミン、これとってもおいしいっ」

姫の横顔に、日の光が当たって、キラキラとかがやきました。
ミンは、そのピンク色のお顔を見て、ほんとうにかわいらしいなとおもいました。
姫は、花を摘み、ハミングしながら、おどりはじめました。
野に咲く花も,風にゆれ、ポアン姫とダンスをしているようです。
ミンは、楽しそうな、ポアン姫をみているうちに、自分も、心が、柔らかくなっていくのを感じました。

(姫様はブタのお顔になっちゃったけれど、前とおんなじ、ぼくの大切な姫様なんだ。)

ミンは、そうおもって、うなづきました。

「姫様〜、もうそろそろもどりましょうよ」おひさまがかたむきはじめたので、ミンはあわてていいました。

「そうね、たのしかったわ。ミン、ついてきてくれてありがとう。じゃあいきましょう」

ふたりは、元来た道をかえりはじめました。金色の夕日がポアン姫のほおをいっそうきらきらとさせています。
途中で、仕事を終えた農家のひとたちとであいました。

「あらあら、歌姫様がこんなところにいるよ」
「まあまあ、どうなさったのです?こんなとおくまで、おさんぽですか」

ポアン姫は、にっこりわらっていいました。

「ごきげんよう、みなさん。おしごとごくろうさまですね。」

農家の人達がみんなにこにこしていいました

「歌姫様のお歌、毎日きこえとりますよ。」
「おかげで、今年も小麦がどっさりですよ」
「ほれ、このとおり」

指差されたところには、いちめん、黄金色した小麦畑がひろがっていました。

「まあっ」

ポアン姫とミンは、風に波打つ小麦畑に、うっとりとみとれてしまいました。
夕日が落ちる海のような、輝きでした。

「さあさ、姫様、日が暮れたら大変だ。はやくおかえりなさい。」
「これからも、お歌たのしみにしていますよ」
「ありがとう、ありがとう。みなさん。さようなら、ごきげんよう。」

いつまでも、いつまでも手を振りながら、ふたりは、お城への道をかけていきました。


そらが、真っ赤になり、群青色の夜が、そこまでやってきたころ、ふたりは、お城につきました。

「やっと、ついたわね。」

ポアン姫が、ふうっと息をつき、ふたりして、お城の塔をみあげました。
ポアン姫の歌の塔は、夕映えの中堂々とたっていました。

「姫様・・」

ミンが急に大きな声でいいました。
なにかしら、というかおをして、ポアン姫は、ほほえみました。

「姫様の歌は、願いをかなえる不思議なちからがあるんですよね。小麦だってあんなに実ったんだ。だったら、姫様が、もとの姿にもどるよう、願ってうたってみては、どうでしょうか」

ポアン姫は、ふふっとほほえんで、そして、いいました。

「そうねえ、おもいもしなかったわ。でも、なんとなく、自分のことは、歌わないほうがいいようなきがするのよ。私はね、幸せや、豊作の歌をがすきなのよ。それに、このブタの姿もね。なぜかしらね?このほうが楽な気がするのよ。何でもおいしく食べれるしね。私はいつだって私だもの。さあ、いきましょう」

姫はそういうと、かろやかに塔の階段をのぼりはじめました。この瞬間ミンは姫のことが前よりずっと好きになっていました。

二人が、広間へいくと、いつものように父王と賢者達が研究の真っ最中でした。

「おお、私のポアンよ。今日は、姿を見せなかったな。どこへ行っておったのだ。母上が心配しておったぞ。ポアンの身になにかおこったのではないかと。」

そういって、ポアン姫をだきしめました。

「ああ、ポアンよ、明日になれば、また新しい薬ができる。今度こそ薬が効いて元の姿に戻れればよいが・・・」

父王は、心配のあまりやつれた様子でした。ミンは、勇気を出して、いいました。

「王様、ブタのお姿だって、歌姫様は元のお優しい姫様ですよ。ブタのお顔だって、ピンク色で本当に、かわいらしいです。ぼくは、ブタになったって歌姫様が大好きです。」

王は、びっくりした顔をして、ポアン姫とミンをみました。

「そうよ、おとうさま、私は私。何も変わっておりませんもの。ブタだっていいじゃありませんか。私ももう苦いお薬はたくさん。もう心配はおやめになって。」

ポアン姫は、そういうと、父王の頬にキスをしました。

「わたし、この姿になってから、風が運んでくる少しの香りからたくさんのことがわかるようになったの。今日、お城の外へいってみてはっきりわかったわ。」
「おまえ、黙って城の外に出たのか」

父王は、驚き、大声をあげました。

「ごめんなさい、お父様。でもわたし、この姿ならこれからも、もっといろんなことがわかるようになるわ。だから、一緒にこの国に喜びをあふれさせましょうよ。
皆で楽しく暮らしましょうよ」

広間にいた賢者達も王宮の人々も一斉におおっと歓声をあげました。
皆、わすれてしまっていたのです。なにがたいせつだったかを。
やっと気が付いたのです。どのような姿でもポアン姫は、皆の大好きな歌姫だということに。
父王は、ポアン姫の手を取りじっと緑の瞳を見つめました。

「ポアンよ、そのピンクのほおにキスさせておくれ。わたしも、今やっと、たいせつなことがわかったようだ。
そうだ、姫と皆のこれからの幸せを願って祝宴を開こう。皆の者、城から花火を上げよ。もう一度この国に喜びがあふれるように。盛大な花火を」

皆は口々に「王様万歳歌姫様万歳」とさけびました。
王によりそって見ていた母君は、涙を流していました。でもそれは、もう、悲しみの涙ではありませんでした。

「ポアン、わたしのかわいいこ。」
「おかあさま」

ふたりは、しっかりとだきあいました。

王宮では、『ポアン姫万歳−みんな、姫様が大好きだ』という大合唱が起こりました。

「ねえ、ミン?ブタだっていいじゃない?」ポアン姫が小声でそういうと、

ミンは、にっこりわらって、

「ええ、ボクの大切なお姫様ですもの」

とうなずきました。

その後、歌姫ポアンは、ずっとブタの姿のままでしたが、それからもずっと歌い続け、国の民達と一緒にいつまでも、いつまでも幸せに暮らしていきました。

おしまい。


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