泊瀬路       山の辺の道1      山の辺の道2      多武峯街道1      多武峯街道2      磐余道       TOP

忍坂道    

「忍阪道」は桜井と宇陀を結ぶ古道。記紀に記された神武東征の道である。集落の南の入口に「忍阪道伝承地」の碑が立ち神武天皇と土雲八十建の伝承を語っている。集落には、舒明天皇御陵、万葉歌人・鏡女王のお墓や「秋山の樹の下隠りゆく水の…」の碑、額田王の念持佛と言われる石位寺の石仏があり、允恭天皇忍坂大中姫の宮跡や衣通姫産湯の井戸などもあり、記紀、万葉のロマンあふれる道である。

桜井めぐり

1. 鳥見(とび)の岡辺の大塚は 長髄彦(ながすねひこ)かニギハヤヒ
     王の象徴(
しるし)の玉杖(ぎょくじょう)を 埋(うず)めし塚ぞ茶臼山(ちゃうすやま)(外山)
茶臼古墳 頂上 石室真上の墳丘頂部 2009年10月29日 説明会
 
2. 高市皇子(たけちのみこ)の御母(おんはは)の ゆかりの神の宗像社(むなかたしゃ)
   ここは能楽発祥の 宝生(
ほうしょう)外山座(とびざ)ゆかりの地 (外山)

3. 天武の帝の行幸(みゆき)みち 迹見(とみ)の駅家(うまや)に良き馬を
    集めて駆(
)せる比べ馬 これぞ競馬の始まりぞ(外山)         

4  吉野の宮の守りぞと 足利勢(
あしかがぜい)の大軍を
     防ぎてここに討ち死にす 忠烈西阿外鎌山(
ちゅうれつさいやとがまやま)(慈恩寺・忍坂)

5. 神武の巻に記(
しる)されし 久米の戦士の雄叫(おたけ)びか
     撃ちてし止まん忍坂の 大室山に名をとどむ(忍坂)

6. 忍坂の山の磐坐(いわくら)に 少彦名(すくなびこな)の坐(ませる宮
     生根(
いくね)の神はくすり神  生根(いくね)ぐすりの名を残す(忍坂)

「生根神社」本殿はなく忍坂山の一部が神体山

7. 容姿すぐれてたぐいなき 衣通姫(そとおりひめ)の生まれ谷
     小さき祠(
ほこら)の傍らに 産湯の井戸ののこりたり(忍坂)

小さな祠の「玉津島神社」右側に衣通姫の「産湯井」

8 小倉の山の夕暮れは 声もかなしや鹿の声
      舒明(
じょめい)のみかどの陵の 杜の隠れる月清(つきさや)か (忍坂)
第34代舒明天皇の御陵(段ノ塚古墳)

9 樹()の下がくれゆく水の 鏡(かがみ)の女王(きみ)の歌碑(うたぶみ)に
        偲びてゆけば草紅葉 奥津城(
おくつき)ゆかし秋の風 (忍坂)
683年になくなった「鏡女王押坂」

10  丘の上なる石位寺 薬師三尊(やくしさんぞん)あどけなさ
      額田の姫の守りきし 仏と言いし人のあり (忍坂)
薬師三尊石仏

11  粟原川を帯にして 飛鳥の御代の昔より
    山口の神斎(
いつ)き坐()す 天に伸びたり大き楠(くす) (赤尾
山口神社のクスノキ 幹回りが約8m 樹齢は約600年 忍坂坐山口神社

12 飛鳥の御代ゆ眠(ねむ)り来し 崇峻(しゅん)の帝かはた誰そ
    天王山(
てんのうざん)の大室の 石の棺の御あるじ (出屋敷)
古墳の入口は狭いですが 内部は天井も高くかなり広い

13. 倉橋山は嶮(
さか)しけど 隼別(はやぶさわけ)の出合い大王は
     女鳥(
めとり)の女王(きみ)の手をとりて 哀しき恋の逃避行(下り尾)

14 粟原(おうばら)の谷夕日して 礎石に映す青葉影
     額田の姫の終(
つい)の庵(いお) 粟原寺の址ゆかし (粟原)


泊瀬路       山の辺の道1      山の辺の道2      多武峯街道1      多武峯街道2      磐余道       TOP