泊瀬路      忍坂道      山の辺の道1      山の辺の道2      多武峯街道1      多武峯街道2       TOP

磐余道      

「磐余道」は桜井から山田をへて明日香に至る古道である。万葉集には「つぬさはふ磐余」と詠われ、道に沿って磐余稚桜宮はじめ五代の天皇の宮居や飛鳥時代の豪族・安倍氏の根拠地、広大な阿倍寺跡、日本三文殊の安倍文殊院があり、蘇我石川麻呂ゆかりの山田寺跡地が広がっている。吉備池からは舒明天皇が建立した九重塔や巨大な金堂の基壇を持つ吉備池廃寺が発見されている。池の堤には二上山に向かって大津皇子の歌碑が建っている。

桜井めぐり

1  架かれる橋は磐余(いわれ)橋 いわめる敵を平らげし
    その勲(
いさお)しを名にとどむ 神武の帝(みかど)イワレビコ(谷)

2  磐余の池の舟遊び ときじくの花杯に 
    舞い浮かぶこそめでたけれ 宮に名づけし稚桜 (谷)
谷 若桜神社

3  花の在りかをたずねきて 磐余の里の井のそばに
    移し稙たる「桜の井」わが桜井の名のゆかり (谷)

4  百済の国の味摩之(みまし)より 習わしめたる伎楽舞(くれのまい
   
 聖徳太子のひらかれし 芸能発祥・土舞台 (阿部)
土舞台顕彰会主催の顕彰式典が毎年行われる

5  艸墓(からと)、谷首、文殊院 御主人(みうし)仲麻呂、清明ら
    安倍一族の奥津城(
おくつき)か み墓連なる安倍の山 (阿部)


6  文殊菩薩は獅子に乗り 善財童子(ぜんざいどうじ)の愛らしさ
    学業成就、ボケ封じ 日本三大智恵文殊 (阿部)


7  大化の御代(みよ)の左大臣 倉橋麻呂の氏寺の
    安倍寺址や夏の月 草陰に聴く虫の声 (阿部)


8  池ノ内なる名に偲ぶ 履中、清寧、継体帝(けいたいてい
    宮居の址や磐余池 稚桜社は岡の上(池ノ内)


9  九重の塔そびえたる 百済川辺の大寺の
塔、金堂の壇の址 吉備池廃寺と名ずけらる (吉備)
吉備池廃寺 址


10  磐余の池に泣く鴨を 今日のみ見てや雲隠る
    大津皇子のものがたり 歌碑(
うたぶみ)哀し吉備の池 (吉備)
大津皇子のみうた  「もゝつたふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲がくりなむ」 幹子書


11  池の辺りに立ちならし いろせとわが見む二上(ふたかみ)の
    
峯の夕日に涙して 大来(おおく)の姫の嘆きうた (吉備)
「うつそみの人なるわれや明日よりは二上山をいろせとわが見む」遊亀書

12  泥かけ地蔵おだやかに 橋本池のかた辺(ほと)り
    水面かすめる赤トンボ 青木廃寺の杉木立(すぎこだち) (橋本


13  山田の道は靡(
なび)く藻()の 愛しき妻と言問わず
    万葉びとの往き来みち 飛鳥に続く丘のみち(山田)

14  弥勒菩薩を仰ぎ見し 蘇我の山田の氏の寺
    堂塔高く廊回(
ろうめぐ)る 飛鳥の御代(みよ)の夢舞台(山田)

15  忠の一途を貫きて 無実の罪を身に負うも 
    君怨まずと 同胞(
はらから)と 火中(かちゅう)に入りし右大臣(山田)

16  雪寃(せつえん)の碑や歌の碑(ふみ) 栄枯盛衰ものがたる
    伽藍の址の礎石(
いにしえ)に たたずむ人の夕日影(山田)




泊瀬路      忍坂道      山の辺の道1      山の辺の道2      多武峯街道1      多武峯街道2         TOP