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泊瀬路     

「初瀬路」は、万葉集巻頭の雄略天皇の御製「籠もよ み籠もち…」をはじめ「こもりくの泊瀬」と万葉集に詠まれた古道。平安時代には長谷寺詣でが盛んになって『源氏物語』の舞台にもなり紫式部も『枕草子』の清少納言も訪れた。「降る雪はあはにな降りそ吉隠の猪養の岡の寒からまくに」にの穂積皇子と但馬皇女の悲恋の歌碑も建っている。江戸時代には本居宣長が「菅笠日記」の名紀行文を残した古道である。

                                            桜井めぐり

1. 市の賑わい春秋に 八十のちまたの歌垣や 
      長谷詣での夢の宿  かの海石榴市(
つばいち)のあとぞかし (金屋
海柘榴市案内板  (写真クリック) 海石榴市観音(つばいち

2. 降り来る雨は三輪の崎 佐野の渡りに家のなし
 駒うちとめて袖の雪 その名も高き歌枕 (慈恩寺)


3. 朝倉富士の名にし負う 外鎌(とかま)の山を仰ぎ見て
          右は松山、左はせ  追分辻や旅の夢 (慈恩寺)
朝倉富士と呼ばれる 外鎌山 頂上からの眺め

4 .慈恩寺過ぎて黒埼へ 名のみ残れる名物の
     「夫婦まんじゅう」宣長も めでしと日記に記(
よみ)したり (黒崎)

5 籠()もよみ籠持(こも)ち若菜摘む 乙女のすがたなつかしく
       春の岡辺は朝倉や 雄略帝の宮どころ (脇本・黒崎・出雲)
                                             (写真クリック)

6 野見宿称(のみのすくね)の住まいたる 大和出雲(やまといずも)は土師(はじ)の村
      雅(
みやび)すぐれしその技を 今に伝えし土人形(出雲)
四隅を力士が支えています 野見宿称の五倫塔   (写真クリック)

7. さえき押しなべこもりくの 荒山道(
あらやまみち)ぞ人麻呂が
     宇陀の阿騎野へ越し往(
)きし 岩坂みちよ狛峠 (岩坂・狛)

8. 泊瀬(はつせ)の川のたぎつ瀬に 浮かびて流る花筏
        丹塗(
にぬ)りの橋を渡り行く 長谷山口の神(かむ)やしろ (初瀬)
長谷山口坐神社                  (写真クリック)     

9. 長谷詣での賑わいの 往き来の路や化粧坂 
         與喜天神(
よきてんじん)の旅所(たびしょ)の かたへに香る梅の花  (初瀬)

10 苔むす石の階(きざはし)を 上ればゆかし天満宮
         道真(
みちざね)公の開かれし 長谷のみ寺の守り神  (初瀬)
與喜天神社 長い長い階段を登る

11  牡丹の花の艶やかに 長き回廊伝いゆく
        詠歌の声や鉦の音 長谷観音の大御堂(
おおみどう) (初瀬)

12. 架()かれる朱(あか)き連歌橋 渡りて見あぐ大銀杏
      二本杉や玉蔓(
かずら)光源氏のものがたり (初瀬)

13 泊瀬(はつせ)の川の川上や 権現(ごんげん)桜の花の宴 
           瑞垣高く瀧蔵の 地主の神のおごそかに (滝倉)

14 大伯(おおく)の姫の禊(みそぎ)せる 浄き淵なる化粧壺
      泊瀬斎宮(
いわいのみや)と伝え聞く 小夫(おおぶ)の里や天神社(てんじんじゃ (修理枝・小夫)
斎王(さいおう)の史跡としての泊瀬(はせ)斎宮    旧跡伝承地といわれる天神社

15. 豊泊瀬路(とよはつせじ)は常滑の かしこき路に横たわる
        地蔵菩薩は鎌倉の 三谷の森の「ねんどはん」 (三谷)
腰痛に霊験があらたかだったので近在の人々の信仰を集め今もお参りする人がたえない。

16 やさしく深(ふか)き笑み湛(たた)え 地蔵立たせる竹林寺
         火伏(
ひぶせ)せの神は笠山の 日本第一荒神社(こうじんしゃ) (笠)
三宝荒神と称す 灯篭が立ち並ぶ境内 笠に広がるそばの里


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