離婚調停異議申し立て
どこから漏れたのか、と当時阿部が盛大にぼやいていたが、榛名と阿部がもとバッテリーだと言うのは、実は結構周知の事実だったりする。
昨年の甲子園を沸かせた豪腕投手は、選手として充分に華があったし、野球関連の雑誌はおろか、新聞、ニュース、週刊誌にワイドショーにと、各メディアで連日報道されていた。
そして今年、創部三年目にして奇蹟の甲子園出場を果たした西浦は、女性監督に天才四番、鈍速超絶制球投手に性格極悪頭脳派捕手、と話題性も充分で、こちらも随分取り上げられたものだった。
その性格極悪頭脳派捕手は、辛口で知られる野球評論家がその配球を絶賛したことで一躍有名になり、普通なら見出しに“精密投球・三橋 VS 九州の大砲・鈴原”とか書かれるところを、“頭脳派捕手・阿部 VS 九州の大砲・鈴原”と書かれて、あれ?投手対打者じゃなくて捕手対打者なんだ、という一幕すらあった。阿部は、打者と対戦するのは三橋だろ、とご立腹だったが、三橋自身は阿部が評価されたのが嬉しかったのか、キョドりながらも上機嫌だったことを追記しておく。
で、うっかり有名になってしまって、「対戦校から警戒されるとやりにくい」と舌打ちしていた阿部は、とうとうシニア時代に榛名とバッテリーを組んでいたことを報じられて大層不機嫌になり、その後の確執までスクープされるに至っては、人でも殺せそうな眼光で、対戦校はおろかチームメイトまでびびらすようになっていた。当の榛名が、ドラフトを経て大物新人として先発ローテーションで活躍中、というのも、話題性に一役買っていたらしい。
そんな訳で、阿部が指名されるという青天の霹靂の後、各新聞社・テレビ局が、カメラや記者を榛名の元へ向かわせた、と言うのも、無理からぬことだったのだ。
しかし、このときは誰も予想していなかった。まさか榛名が、全国放送の番組のインタビューで、「タカヤてめー、なんでウチの球団じゃねぇんだよこの野郎っ! またオレの球とらねぇつもりか!」などとのたまうとは。
ちなみに、阿部とにしうらーぜは、この中継の放送を、『田島&阿部 プロ入りおめでとう!今日は朝まで騒ぐぜ祝賀会』会場・田島家の襖を取り払った居間で目撃した。
そのときその映像を見た常識圏内にお住まいの花井・栄口・巣山・沖・西広はフリーズし、好物のケーキを食べていた水谷は喉に詰まらせ、田島三橋係で慣れている泉は「うわー」と声を漏らし、当事者の阿部はお茶を吹きだした。榛名と同類の田島三橋は、ハルナって阿部のこと大好きだよな、と脳天気で、篠岡は意外と強者なことに、すごいねぇ、と笑っていた。いや篠岡の方が凄いから、と誰もが思ったと言う。
ちなみに秋丸は胃を抑え、武蔵野第一の皆さんはそれぞれあちゃー、と額に手をやり、戸田北シニアOBの面々は、これってプロポーズのつもりかな、と祝電メールを頭によぎらせた。その他、榛名や阿部のことを知っている高校球児は、ポカンと口をあけ、桐青OBの高瀬準太は、オレも和さんに、と思ったらしい。
テレビの中の榛名は、まだ何か言いたそうだったし、インタビュアーはパニックだし、また根掘り葉掘り聞かれそうだしで、取り敢えず阿部は榛名を絞め殺したくなった。機敏に察した栄口がテレビを消してくれなかったら、人様の家にもかかわらず、手元にあった大皿を投げつけていたに違いない。
「………これ、確実に明日の新聞に載るよね。何面記事かな。スポーツ欄ならまだいいけど……」
「つーか、9時とか10時とかのニュースでも流れるんじゃないか?」
「あべー、大丈夫かー」
「 こ ろ し て や り た い 」
ああうんそーだよな、と、常識圏内にお住まいの皆さんが、哀れみの視線を向けてくるのを、阿部は激しい怒りと大いなる羞恥と涙も出ない様な諦めの中で感じた。本当に殺してやりたい。いやむしろオレが死んでしまいたい。
穴があったら入りたい、という言葉があるが、どうして榛名の言動で阿部がその心境になるのか。そう言えば関東大会の後も、なんでか阿部の方が野球を辞めたくなったのだった。
一気に暗くなった阿部に、こちらも諦め半分で、やさしいにしうらーぜは慰めの言葉をかけた。ほら、榛名さんのことだし、犬にでも噛まれたと思って、などと。しかし、阿部がプロ入りすればおそらくこれからもしょっちゅう噛まれるのだろうな、と思ったが、それは言わないのが優しさである。
ところが、神様仏様田島様は優しくはなかった。……田島自身は優しいのだが、常識のアンテナが一本も立っていないので、常識圏内の人間にはどう考えても優しくない行動だった。
つまり、「あ、9時になった!ニュースみようぜ!」とテレビを点けたのだ。
『「タカヤてめー、なんでウチの球団じゃねぇんだよこの野郎っ! またオレの球とらねぇつもりか!」―――本日、ドラフトが発表されました』
そのニュースは、そんなオープニングだった。映像の後に映されたキャスターが、なにか微妙に目元を綻ばせて、ドラフトについて報じている。画面が切り替わってそれぞれの指名のシーンになったが、もはや誰もテレビを見てはいなかった。
阿部は自分に集中する意識と、それでも逸らされた視線を感じて、チームメイトの優しさに涙しそうになった。とくにこの様な、過失ゼロの天災的な(しかし明らかに人災である)不幸の後では、些細な心遣いが沁みる。俯いた視界の端で、花井が田島からリモコンを取り上げてテレビを再度消し、泉が田島を殴っているのが見えた。ありがとう二人とも。
それにしても、どうして先頃までバッテリーを組んでいた三橋ではなく、更にその前の投手である榛名が主張するのか。
バッテリーは夫婦っていうけど、前の前の夫に未だ言い寄られるって、どんな修羅場だよ、と誰ともない呟きは、静まりかえった宴会場にぽつりと落ちた。
昨年の甲子園を沸かせた豪腕投手は、選手として充分に華があったし、野球関連の雑誌はおろか、新聞、ニュース、週刊誌にワイドショーにと、各メディアで連日報道されていた。
そして今年、創部三年目にして奇蹟の甲子園出場を果たした西浦は、女性監督に天才四番、鈍速超絶制球投手に性格極悪頭脳派捕手、と話題性も充分で、こちらも随分取り上げられたものだった。
その性格極悪頭脳派捕手は、辛口で知られる野球評論家がその配球を絶賛したことで一躍有名になり、普通なら見出しに“精密投球・三橋 VS 九州の大砲・鈴原”とか書かれるところを、“頭脳派捕手・阿部 VS 九州の大砲・鈴原”と書かれて、あれ?投手対打者じゃなくて捕手対打者なんだ、という一幕すらあった。阿部は、打者と対戦するのは三橋だろ、とご立腹だったが、三橋自身は阿部が評価されたのが嬉しかったのか、キョドりながらも上機嫌だったことを追記しておく。
で、うっかり有名になってしまって、「対戦校から警戒されるとやりにくい」と舌打ちしていた阿部は、とうとうシニア時代に榛名とバッテリーを組んでいたことを報じられて大層不機嫌になり、その後の確執までスクープされるに至っては、人でも殺せそうな眼光で、対戦校はおろかチームメイトまでびびらすようになっていた。当の榛名が、ドラフトを経て大物新人として先発ローテーションで活躍中、というのも、話題性に一役買っていたらしい。
そんな訳で、阿部が指名されるという青天の霹靂の後、各新聞社・テレビ局が、カメラや記者を榛名の元へ向かわせた、と言うのも、無理からぬことだったのだ。
しかし、このときは誰も予想していなかった。まさか榛名が、全国放送の番組のインタビューで、「タカヤてめー、なんでウチの球団じゃねぇんだよこの野郎っ! またオレの球とらねぇつもりか!」などとのたまうとは。
ちなみに、阿部とにしうらーぜは、この中継の放送を、『田島&阿部 プロ入りおめでとう!今日は朝まで騒ぐぜ祝賀会』会場・田島家の襖を取り払った居間で目撃した。
そのときその映像を見た常識圏内にお住まいの花井・栄口・巣山・沖・西広はフリーズし、好物のケーキを食べていた水谷は喉に詰まらせ、田島三橋係で慣れている泉は「うわー」と声を漏らし、当事者の阿部はお茶を吹きだした。榛名と同類の田島三橋は、ハルナって阿部のこと大好きだよな、と脳天気で、篠岡は意外と強者なことに、すごいねぇ、と笑っていた。いや篠岡の方が凄いから、と誰もが思ったと言う。
ちなみに秋丸は胃を抑え、武蔵野第一の皆さんはそれぞれあちゃー、と額に手をやり、戸田北シニアOBの面々は、これってプロポーズのつもりかな、と祝電メールを頭によぎらせた。その他、榛名や阿部のことを知っている高校球児は、ポカンと口をあけ、桐青OBの高瀬準太は、オレも和さんに、と思ったらしい。
テレビの中の榛名は、まだ何か言いたそうだったし、インタビュアーはパニックだし、また根掘り葉掘り聞かれそうだしで、取り敢えず阿部は榛名を絞め殺したくなった。機敏に察した栄口がテレビを消してくれなかったら、人様の家にもかかわらず、手元にあった大皿を投げつけていたに違いない。
「………これ、確実に明日の新聞に載るよね。何面記事かな。スポーツ欄ならまだいいけど……」
「つーか、9時とか10時とかのニュースでも流れるんじゃないか?」
「あべー、大丈夫かー」
「 こ ろ し て や り た い 」
ああうんそーだよな、と、常識圏内にお住まいの皆さんが、哀れみの視線を向けてくるのを、阿部は激しい怒りと大いなる羞恥と涙も出ない様な諦めの中で感じた。本当に殺してやりたい。いやむしろオレが死んでしまいたい。
穴があったら入りたい、という言葉があるが、どうして榛名の言動で阿部がその心境になるのか。そう言えば関東大会の後も、なんでか阿部の方が野球を辞めたくなったのだった。
一気に暗くなった阿部に、こちらも諦め半分で、やさしいにしうらーぜは慰めの言葉をかけた。ほら、榛名さんのことだし、犬にでも噛まれたと思って、などと。しかし、阿部がプロ入りすればおそらくこれからもしょっちゅう噛まれるのだろうな、と思ったが、それは言わないのが優しさである。
ところが、神様仏様田島様は優しくはなかった。……田島自身は優しいのだが、常識のアンテナが一本も立っていないので、常識圏内の人間にはどう考えても優しくない行動だった。
つまり、「あ、9時になった!ニュースみようぜ!」とテレビを点けたのだ。
『「タカヤてめー、なんでウチの球団じゃねぇんだよこの野郎っ! またオレの球とらねぇつもりか!」―――本日、ドラフトが発表されました』
そのニュースは、そんなオープニングだった。映像の後に映されたキャスターが、なにか微妙に目元を綻ばせて、ドラフトについて報じている。画面が切り替わってそれぞれの指名のシーンになったが、もはや誰もテレビを見てはいなかった。
阿部は自分に集中する意識と、それでも逸らされた視線を感じて、チームメイトの優しさに涙しそうになった。とくにこの様な、過失ゼロの天災的な(しかし明らかに人災である)不幸の後では、些細な心遣いが沁みる。俯いた視界の端で、花井が田島からリモコンを取り上げてテレビを再度消し、泉が田島を殴っているのが見えた。ありがとう二人とも。
それにしても、どうして先頃までバッテリーを組んでいた三橋ではなく、更にその前の投手である榛名が主張するのか。
バッテリーは夫婦っていうけど、前の前の夫に未だ言い寄られるって、どんな修羅場だよ、と誰ともない呟きは、静まりかえった宴会場にぽつりと落ちた。