※ハプニング大賞当確 の前に書いていたボツ原稿?です。時間軸的には、ハプニング〜から続く試合中です。着地点を見いだせなかったので、途中で終わってます。書いた時期が時期なので、バッティングの設定など、例の榛名ホームランを反映していません。



蓼食う悪食





 榛名元希は、実はバッティングの良いタイプの投手である。……といっても、投げる以外はいたって大雑把なものだから、バントというとこれが下手なのである。
 ところが、打つとなると、これが意外と長打が出やすいので、投手の割には打率がいいのであった。
 このことに関して、阿部はその理由を挙げることができた。
 すなわち――――




「さあ、5回表ノーアウトで走者一塁、投手戦ですから、ここは是非とも点が欲しいところです。バッターボックスには本日先発の榛名ですが、ここは送ってくるでしょうか?」

 アナウンサーの声が、解説に水を傾けてくる。試合は息詰まる投手戦で、単打は出ても続かないものだから、両チームとも残塁が多い。
 ノーアウトのランナーがでたこの状況を、どう点に繋げるか、あるいはどう殺すか、というところが、試合のこの後を動かす山場の一つになりそうな、そういう状況だった。

 その状況下で、バッターは8番、ピッチャー榛名元希、である。


「普通に考えたら、ここは送ってくるところ……やけど、榛名はシーズン中も殆どバントをしてへんからなぁ」

 ……とは、阿部ともう1人呼ばれている解説の、往年の大選手(関西出身)の言葉である。

「確かに、滅多に送ってこないですね、榛名選手は。8月21日には失敗していますね。阿部選手、どう思われますか?」

 阿部は、ごく僅かに眉をよせた。榛名に関するコメントなどしたくない、というか、あまり公の場で関わり合いになりたくない、というか……。もっとも、榛名(…と田島)に関するコメントをさせるために解説に呼ばれているようなものなので、避けて通れる道理が無かった。

「………送ってはこないでしょうね。もっ、……榛名選手は、悪球打ちなんですよ」

「悪球打ちですか?低めを巧く運ぶな、と思っていたんですが」

「バッターとしては器用ではないですから、内角は苦手なんですよ。あと、なんでか高めが嫌いらしくて、だから一番好きなのは外角低めみたいですよ」

 阿部は、頭痛を堪えるような表情で言った。うっかり"元希さん"などと言いかけたなんて、知ってる人はともかく、お茶の間には絶対にばれて欲しくないミスだ。アナウンサーが一瞬おもしろそうな顔をしたところを見ると、阿部が普段榛名のことをなんと呼んでいるか、知っているのかもしれない。
 まあ、ここはつっこまないでくれるだろう、と希望的観測を抱いて、阿部は言葉を続けた。

「ボールが顔に近いのが嫌なのか、高めはまず振りません。特に内角は。……というか、ベルトより高い球は振らない上に、かなり低い球を振ってくるんで、ストライクゾーンが下にズレてるんじゃないでしょうか」

 さらに言えば、榛名は癇の強い性格なので、特に内角を攻めにくい。なんせ投手なもんだから、当てると後がうるさいし。それで外角を中心に組み立てていると、どうしても低めが入ってくるわけで、それを引っぱたくのだ、榛名は。

「あー、なるほど…………あっ」

 ちょうどその瞬間、榛名がカウント2−2の5球目をライト方向に打ち返した。外角低めを、しかしすくい上げるでもなく芯に当てた打球は、ファーストの頭を越してライン際に落ちる。一塁ランナーは、セカンドベースを蹴った。

「ピッチャー榛名、打ちました!点の欲しいこの状況で、自らのバットでランナーを得点圏に進めた榛名、今一塁ベース上で左手を挙げた!」

 興奮気味のアナウンスに、中継を見ているお茶の間は大盛り上がりだろう。実際球場に至っては、ボルテージは上がる一方である。
 一方の相手投手はと言うと……、さすがに悔しそうであるし、呆然としてもいる。もしかしたら、捕手の方が驚きの度合いは大きいかも知れない。何しろ、先ほど榛名が打った球は、外角低めギリギリだったのだ。

「今の、阿部君の言った通り、外角低めやったね。……にしても、綺麗に打ち返しましたな。あそこ、ピッチャーに打ち返されるとは思ってなかったやろ。榛名はようバット届いたなぁ」

「スタンスがスクエアですし、腕が長いから届くんでしょうね。」